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第238話・死してなお

 その瞬間は、意外にあっさりと訪れた。英雄の最後とは結局そんなものかもしれない。堅固につくられているように見えた遺跡が、小さな亀裂がきっかけで途端に崩壊するように。


 人とも獣ともつかない異様な姿に変形したルクファールの猛攻は、テンセイを追い詰めていた。腕を長く伸ばすことには、リーチが増す代償として動作に遅れが生じるという欠点がある。しかしルクファールは同時に体内組織の改造をも行い、その欠点を克服していた。醜怪な容姿に成り下がることに抵抗はない。


 そして決着の時はきた。この戦いの間、テンセイの視線は常にルクファールへ向けられていた。後方から迫る腕は音と気配が察知していた。だが、想定外に複雑でしかも素早い動作に、気配の察知だけでは追い付かなくなったようだ。一瞬、まさにほんの一瞬だけだが、テンセイの視線が動いた。


 この絶好の機にルクファールが放った奥の手は、第三の手であった。衣服の胸部を突き破り、槍のように鋭く尖った腕が……それはもう”腕”というにふさわしい形状をしていない。その物体が生まれた目的は、テンセイを捕まえること、ただそれだけだ。一直線にしか進まないため関節など存在しない。防御手段も必要ないため皮も張っていない。代わりに指が、それも先端が鉄のスパイクのように鋭く硬く尖った指が、五本を軽く超えて七、八本は生えている。


「くっ……!」


 テンセイが槍の接近に気づいた時、それはもう回避不可能な位置に達していた。そして複数の指がいっせいにテンセイの胸に突き刺さる。無論、いかに鋭い刃物であっても、テンセイの筋肉を貫いて心臓を仕留めるには至らない。指の目的はテンセイを捕らえて離さないこと。掴むのではなく、胸に突き刺して固定する。


 直後、炎を纏った右手がテンセイの肩に触れた。炎は眩い光となって森を照らし――。






 光の去った後、ルクファールは静かに土の上へ腰をおろした。世に君臨する魔王が地べたに座るなど本来ならプライドが許さないところだが、今はそんな余裕はない。醜い体を元の人間に戻そうともしない。虚ろな目で、テンセイの消えたあたりを見つめている。そこには今やテンセイの衣服が落ちているばかりで、他には何の影も残っていない。テンセイを消すと同時に周囲の木々までまとめて光に飲み込んでしまったせいで、森の中に空虚が生まれてしまった。だがそんなことはどうでもいい。ともかく大事なことは、たった一つの事実。


 不思議なことに、少しも気持ちの高揚する感触はなかった。弱者を蹂躙した優越感もせず、勝利の喜びなども込み上げてこない。ただただ虚しい。


(ああ、そうか)


 せめて、テンセイの心が折れる顔を見てみたかったな。それが叶わなかったからこんなに感情が朧なんだろう。強く欲していながら、結局手に入れずに済んでしまった。こんなことは初めてだ。結論づけることにした。


 ルクファールの手に、ホテルが浮かぶ。ホテルは扉を開き、魂の勧誘を始めた。だが、そこに入ってくる魂は戦闘の巻き添えとなった植物や小動物、鳥の魂たちばかり。テンセイの魂は訪れない。


(……あれほどの男だ。とっくに天へ昇っていったとしてもおかしくはないな)


 ホテルを消し、思い出したように肉体の修復を始める。その動作は非常に緩慢で、急速に”変身”した時とは異なる不気味さがあった。ようやく人間の姿に戻ると、ルクファールは口を開いた。


「コサメ。……お前と話をするのは初めてだな」


 ルクファールは自分のすぐ頭上に向って声をかける。木の枝にコサメが登っていることは見なくてもわかる。


「テンセイの奴め、最後の最後までお前を守ろうとしたな。光に覆われた瞬間、布包みごとお前を樹に投げつけたのか。そのおかげでお前と話をする機会が出来た」


 コサメは何も答えない。口を閉ざし、枝から転げ落ちないようにしっかりと幹に抱きついている。


「何も怯えることはないぞ、コサメ。私はお前の父親の兄……。つまり叔父にあたるわけだ。この世で唯一、お前と血のつながった人間だぞ。テンセイでさえ持っていない、確かな血と血の繋がりが私とお前の間にはある。そして偉大なる力を持った者同士でもある」


「ちのつながり……」


「そう、血縁関係だ。言葉が難しければ、わかりやく砕いて家族とでも呼んでやろうか?」


「かぞく」


 コサメはつぶやいた。


「そう、家族だ。テンセイとお前がどれだけ長い間一緒に過ごしていようと、所詮は血の繋がりのない赤の他人だ。真の家族には及ばない」


「ちがうよ」


 小さい、けれども強い反論が返ってきた。おもわずルクファールは顔を上げる。


「テンセイがいってた。テンセイとわたしはかぞくだって。おやこじゃないけど、かぞくだって」


「そのテンセイはもういない。まったく子どもじみた甘ったるい発想だな。お前と家族になりえるのは私だけだ。もっともそれもすぐに終わりになるがな」


「テンセイだけじゃないよ。ラクラおねーちゃんも、ノームも、みんないっしょ」


「……コサメ。私は物分かりの悪い人間は嫌いだ。お前まで下らない現実逃避を身につけるんじゃあないぞ。いいか? テンセイは死んだ。そして奴が消えたからには残るラクラやノームもすぐに消し去れる。わかったか?」


 少しの沈黙の後、コサメが答えた。


「テンセイは、しんだ」


「そうだ。奴は死んだ。もういい加減そこから降りてこい。降りられなければ飛べ。受け止めてやる」


 しかし、コサメは動かない。言葉だけを落とす。その言葉には、凪いだルクファールの心を波立てる効果があった。


「しんだけど、いなくなってない。まだ生きてる」


「……何をフザけたことを。死者の復元は生命を操る能力があってこその技。それを使えるのは私だけだ。今のお前の力では足りないし、当然テンセイが持っているわけがない」


 誕生と再生の力を持つのはフェニックスのみ。ルクファールは誰よりも強く自信を持って言い返した。その言葉を口にした途端、急激に悪寒が走った。己の口走った言葉の真意にようやく気がついたのだ。


(まさか)


 しんだけど、いなくなってない。その答えが目の前に近づいていた。防御の構えを取る暇もなく、重い一撃がルクファールの右肩を貫いた。

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