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第237話・魔の牙は獅子をも断つ

 悪魔の背に乗った四人のうち二人は、高度に比例して増す息苦しさを重く感じていた。この二人というのはノームとラクラのことだ。これから起こることへ想いを馳せれば、苦痛を感じている暇などないと己を鼓舞出来るものの、慣れない高空と不気味な同伴者に囲まれた状況では苦痛の存在を拭いきれない。


「クケ、クケ、さぁさぁ、この先に何があるのか楽しみ、楽しみだねぇ」


 息苦しさで言えばサナギとサナミの二人も同じなのだろうが、この醜い達磨のような姉弟は好奇心という究極の精神防衛手段で苦痛を跳ねのけているようだ。いったんは恐怖のために抑えていた反動か、いまや明らかに舞いあがって汚い笑顔を散らしている。今に歌の一つでも披露するのではないかと思うほど上機嫌だ。


「君たちは、たちは、どこまで知っている?」


「あ?」


 サナギの興奮が度を増すごとにノームの苛立ちは募る。これがついさっきまで自分が怯えさせていた相手だと思うと余計に不愉快だ。


「この島に、いや、いや、天国眠る力について、だよ。あのテンセイからどこまで聞いて、てる?」


「……てめぇとグダグダおしゃべりする気はねぇ。オレはこの状況を乗り切ることしか考えてねぇからな」


「クケケ、まったく可愛げのない若造め。必死こいて、こいて、”今”だけを生き続けられるのは若い内だけだよ。人生を重ねれば、ねれば、過去は重くなり、嫌でも未来を考えなくてはならなくなる、なる」


 言っていることが無駄に意味深なだけに余計に腹がたつ。いったいいつまでこの苦痛は続くのか、ノームは天を見上げた。どれだけ昇っても、頭上に見える雲に近付いた感覚はない。達磨の薄気味悪い笑い声が耳に残る。傍にラクラがいなければ一分一秒として居たくない空間だ。








 森の中を駆け巡りながら、テンセイとルクファールの打撃戦は続く。短時間の間に幾度となく繰り返される応酬の中で、二人は互いに相手の動作を一瞬早く読めるようになっていた。しかし、その成長の速度もまた同等であったがため、決定打を入れるには至らない。


「貴様、いい加減に離れろ!」


 ルクファールが叫び、腕を伸ばす。まさに文字通りの意味でだ。騎士の掲げる槍のごとく、炎を纏った右腕がテンセイの胸を狙う。分厚い肉体が疾風のように動き、拳を避ける。避けられることも始めから計算の内だ。標的を逸れた腕はしなやかなカーブを描き、今度は後方からテンセイを襲う。だがテンセイもまた同時にルクファールの右肩を狙って拳を突き出している。


 背後から迫る炎がテンセイに触れるが早いか、強烈なストレートが肩を貫いて『紋』を破壊するのが早いか。ルクファールは素早く計算する。十中八九、炎が早い。だがそれは”届く”までの時間だけを見た場合の結果だ。炎が触れたとして、それからテンセイの肉体を完全に消滅させるまでにはわずかなタイムラグが生じる。特に、テンセイは自分がフェニックスを所持しているわけではないにも関わらず異常な生命力を持っている。それは夜空を星が流れるほどの短い時間のズレだが、それはテンセイの拳が『紋』を破壊するまでに十分な時間である。


 しかし、ルクファールは腕を止めなかった。拳を避けようともしなかった。別の計算を組み立てたからだ。


(貴様には大いなる弱点がある! そして自分でもそれを知っている! だから今この状況でお前は私を攻撃できない!)


 絶対的な自信を持って、奇怪に伸びた腕を操る。そしてテンセイは……拳を止めた。そしてやはりズバ抜けた運動能力でステップし、迫る炎を回避した。計算通り、テンセイは背後から腕が迫っていることに気付いていた。そしてルクファールが考えていたこと全く同じ結論を導いたのだろう。


「そうだ、お前にはコサメがいる! 力の源でありながら、同時に枷、まさに私の『紋』と同じだ!」


 コサメを庇いなが戦う。それが不利な条件となることなどとっくにわかりきっていることだ。しかし、ほぼ同等の力を持った者同士で接近戦となった場合にその劣性は顕著になる。


 ルクファールにとって、コサメは出来る限り傷つけたくない存在だった。と言っても無論、この男が自分以外の人間に慈悲の情をかけることなどあり得ない(それが、自分の姪に当たる少女だとしても)。コサメは、勝利の後に得られる”賞品”であった。テンセイを筆頭とするウシャス軍や小賢しい『フラッド』を壊滅させた後、悠々とその身に刻まれたフェニックスの力を奪い取るつもりでいた。それはある意味、己が完全な神へ昇華するための儀式であり、俗な表現を用いれば「最後のお楽しみ」でもあった。どこか自己陶酔の激しいところのある魔王が描いた、劇作の最終幕に取っておくつもりだった。そんな余裕すらも捨て去っていた。


「この距離だ……。貴様がわずかに身を退かせたこの距離がベストだ! これ以上離れ過ぎても貴様を仕留めきれないが、近づいて対等の打ち合いをすることも許さん! この距離のまま……一方的に押しつぶしてくれる!」


 転生の力を用いて自在に体型を変えるルクファールは、徐々にその姿を人間から遠ざけていった。腕を蛇のように伸ばすだけに留まらず、元々どちらかと言えば華奢な肉体がさらに細く変形する。過剰な体積は不要。筋肉の体積を縮小し、それでいて力の密度は以前より強大に増していく。


 テンセイは諦めず接近を試みる。あとほんの一歩、いや、その半分の距離だけでも近付けたならばテンセイも全力を出せる。だが、このかすかな差がそれをさせない。テンセイがルクファールを殴りつけるために、どうしても一歩踏み込まなければならない距離だ。その余分な動作が命取りとなる。隙をついて懐に潜り込むしか手はないが、コサメをも狙うことに気を傾けたルクファールの前ではそれも難しい。


 一見して手詰まりな状態。だがルクファールは慢心せず奇怪な攻めを続ける。もはやテンセイを過少評価などしていない。テンセイはこれまで何度も、絶望的と思われる状況を打ち破ってきた。わずかにも気を緩めることは許されない。


 確実に、着実にテンセイを追い詰める。

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