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第235話・開拓

「おおおおおおおッ!」


 テンセイが吠え、飛びかかる獣の群れを大振りな蹴りで追い払う。鋭い一撃は群れの動きを一瞬だけ止めたが、先頭にいた数匹の獣が素早くテンセイの背後へ回り込んだ。一塊になっていた群れが分散し、四方八方からテンセイへ牙を剥く。


「ったく、厄介な軍があったもんだな」


 テンセイは唾を吐き、改めてへそに力を入れ直した。虎の爪をかわし、狼のアゴを殴って牙を防ぐ。脚を振り上げ、いつの間にか絡みついていた蛇ごと虎の背に叩きつける。ふと背後に気配を感じて身を翻し裏拳を放てば、鷲と思われる巨大な鳥の嘴を打ち砕く。しかし、いくら打撃を与えても、獣の数は減らない。一頭、あるいは一匹を仕留めた直後に新たな獣が飛びかかってくる。大小様々な獣が、それぞれの手段で同時にテンセイを攻める。


 圧倒的な多勢と無勢。それでも相手が人間ならば、数が増えても同時に攻撃が出来る数は限られる。精々三、四人程度が限界だ。それ以上の数が一斉に攻撃に参加すれば、互いの体が邪魔になってかえって不利になる。それは獣に対しても言えることだが、ルクファールが生み出した獣は虎や狼などの肉食獣だけでなく、鳥やコウモリ、蜂や蛇、ネズミなど小型の生物も混じっている。それらの一つ一つの力は小さいが、他の獣に紛れて攻撃を加えてくることに脅威がある。足の肉を噛みちぎり、バランスを崩させるには十分な牙や嘴を持っているからだ。


 さらに、人間ならばある程度次に取るであろう行動を予測できる。人間の最も身近な生物は人間だ。故に戦闘の手段や緊急時の本能的防衛法などはほとんど無自覚の内に把握している。獣の場合はそうはいかない。狩人であったテンセイはいくらか獣の習性を知っているが、今この場にいる全ての生物、それぞれの特性を完全に知り尽くしているわけではない。中には本などで見知っただけで実際に遭遇したことのない獣もいる。


「テンセイ、火が!」


 コサメが叫んだ。気がつけば、テンセイと獣たちを炎の壁が囲んでいた。炎はテンセイの行動範囲を狭めるとともに、炎を恐れる獣の本能を刺激してさらに凶悪にさせる意味合いもある。


(本気の本気ってわけか。アイツは炎のどこか裏側から、オレが隙を見せるのを待っている。今のアイツはかなり用心深く慎重だ。確実に仕留められるチャンスが来るまで絶対に自分からは攻撃をしてこない。……これが一番厄介だ。自分の方からオレに接近して反撃されることを警戒してやがる)


 これまでルクファールの攻撃をことごとく凌いできたが、それは決して能力の差で勝っていたわけではない。ルクファールに大いなる慢心と余裕があり、付け入る隙があったからこそ反撃することが出来たのだ。今のルクファールは言うならば、遊びをやめて真の戦闘を始めたのだ。


(この獣たちに噛みつかれるなり、押しつぶされるなりしてオレの動きが止まった瞬間、あの光が飛んでくる。そうしたらもう避けられない。どうしようもなくジ・エンドってやつだ)


 テンセイは全身の神経を最大にし、獣たちを次々と払い退ける。時折爪や牙がその身をかすめて皮膚を傷つけるが、嵐のような躍動を止めるには及んでいない。それでも少しずつ、少しずつテンセイは追い詰められつつあった。


(クソッ……! 下手にこの群れから逃げようとすれば、どうしても背後に隙が出来る。そこを撃たれたら終わりだ。とにかくこの獣たちを片付けねぇと……! だが、どうする! 勝利への道は……)


 このまま闇雲に対応していても、いずれは仕留められる。テンセイはそれを悟っていた。何かしら有効な手を打たなければ追い詰められる。一か八か、テンセイの脳裏に浮かんだ策は一つだけであった。


「コサメ、耳ふさいでろ」


「うん」


 相手は獣。それも、己の身や仲間を守るためでも、エサを取るためでもなく、ただ与えられた本能のままに襲いかかるだけの木偶。ならば、有効なはずだ。テンセイは口を開けて胸一杯に空気を取り込み、いったん間をおいて解き放った。


 拳や蹴りでは、獣は止められない。


「やかましいぞてめぇら! みっともなく騒いでんじゃねぇッ!」


 事前に注意をうながしていなければ、コサメの鼓膜が破れたのではないか。そう思わせるほどの大声で叫んだ。言葉の内容に大した意味はない。ただ思っただけのことを言葉にしただけで、別に内容は何でもよかった。ただ、声での威圧。正確に言うなら声すらも必要ない。獣の暴走を止めるに最も有効な手段は威圧である。テンセイは狩猟の経験の中でそれを学んでいた。


「恨みの魂だか破壊欲だか知らねぇが、獣は獣だ。当然、こんな本能も備わってるってことだな」


 獣が戦意を失う条件。それは相手を強者――つまりは「王」だと認めること。獣は人間と違い、無益な争いを好まない。強者と認めた相手には敬意を払い、牙を剥くことはなくなる。中には王に対して下剋上を試みる生物もいるが、心の底から敗北を認めた場合はそれもなくなる。


「なに……」


 炎の奥から、小さな声が発せられた。それは蚊の鳴くようなかすかな声だったが、テンセイの耳ははっきりとそれを捉えていた。


「あそこか。行くぞ、コサメ。すぐに走り抜けるから……」


「かくれてじっとしてる」


 布包みに隠れたコサメの返事に小さく笑い、テンセイは声の聞こえた方へ走った。ためらいもなく、炎の壁へ。


「道がなくても走りぬく。道はオレの後ろに出来る。そうだったよな? ラシア爺……」


 誰にともなくつぶやき、炎へ飛び込む。壁は意外に薄く、すぐに突破した。テンセイの様子をうかがうために薄くせざるを得なかったのだろう。そしてその先にはルクファールが、虚を突かれた様相で待ち受けていた。


「”圧”……。ゼブの将軍や王ほどキレイなもんじゃあねぇが、効いたな」


「貴様!」


 炎を宿した手がテンセイへ向けられる。その手首をテンセイの岩のような手が力強く抑え込み、一瞬の内に捻じった。


「捕まえた。もう殴り飛ばしたりはしない。このまま一気にてめぇをブチのめす!」


 拳と拳が交錯し、血飛沫が舞い上がった。

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