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第233話・悪心交渉戦

「しェ、しええええ! に、逃げろベール!」


 サナギの命令に反応し、ベールが翼を広げた。巨体に似合わぬ俊敏さで風を巻き起こし、大地を蹴って宙へ浮き上がる。瞬く間に十メートルほど上空へ離脱した。


「な、なな、なぜコイツらが、が、まだ生きとるんだ!」


「ここは、は、危ないよ。いったん逃げて……」


「どこにだよ。今まで自分たちのやってきたことを思い出しな。今更逃げるだなんて許されると思ってんのか?」


 想定外の声がサナギとサナミを震わせた。声は二人のすぐ背後から聞こえる。


「ひぇっ……」


「おっと、暴れるなよ。安心しな。”今は”お前たちを殺すつもりはない。余計な事をしなけりゃなぁ……。オレたちの力ではあの男には太刀打ちできねぇし、オッサンに協力することもできねぇ。だが『やるべき事』ならあるぜ。そのためにてめぇらが必要だ」


 いつの間にか、ムジナがベールの背に飛び乗っていた。獣の口からはノームの言葉が、背中からは腕が出てサナミの喉元にナイフを突きつけている。


「お前の能力は、ある程度閉じこもった場所でなきゃ使えないんだろ? 室内ならともかく、野外では布で隠れる暇もなく奇襲しちまえば簡単なことだ」


 どのみち、『理想の実験室』の能力を持つのはサナギの方であり、今ナイフを突きつけられているサナミの方は『紋』を持たない。だがノームにはサナギとサナミの外見的区別がつかないため関係なかった。


「ワ、ワシらを捕まえてどうするつもりだ!? 言っておく、おくが、人質にはならんぞ! 全ての生死を司る、る、あのお方には命の取引など無意……」


「言われなくてもわかってる! 人質は人質だが、要求に応えるのはてめぇらだ! いいか! オレがてめぇらに要求するのは、このベールを塔の頂上まで飛ばさせることだ! もちろんオレやラクラ隊長も連れてな! どっちがサナギでどっちがサナミだか知らねぇが……どっちもベールに命令できるんだろう。わかったなら従え!」


「それで、それで、言うことを聞かなかったらアタシを殺すというのかい、かい?」


 サナミがナイフに脅えながら問う。


「あ? アタシ? じゃあてめぇがサナミか。どっちでもいいからさっさと命令しろ! 一度地面に降りて隊長を乗せて、それから塔を昇るようにな!」


「ひぃーっ、ひ、ひぃ」


 サナミは酸欠した金魚のように口をパクパクさせ、今にも泡をふきそうなほど動転している。一方のサナギはと言うと、驚いた瞬間からそのまま固まってしまったかのように身動き一つしない。


(まさか、想定外の奇襲を受けてイカレちまったのか? ここまで精神的に脆い奴らとは思わなかったが……)


 ノームがそう思った刹那、


「バ、バカたれぇぇぇ! 誰がお前の言うことなんか、なんか、聞いてやるものか!」


 頭に響く甲高い声で啖呵を切ったのは、人質にされているサナミの方であった。


「バカ、バカ、バカ! 言っただろう! あのお方は生死を司ると! たとえ一度死んで、死んでも、後であのお方に再生していただければ……」


「そうだ、そうだ。姉さんの言う通りだ!」


 サナミの反論を受けて、サナギも正気を取り戻したかのようにわめきだす。


「まぁだそんな事も理解できない、ないのか、お前は! 現実逃避、逃避!」


「現実が見えてねぇのはてめぇらのほうだ。科学者のくせに楽観的な事ぬかしやがって。今まであの男とてめぇらがどんな主従関係だったかは知らねぇがな、どう考えてもアイツは部下を助けたりなんかしねぇ男だぞ! 利用価値がなくなればすぐに見捨てるタイプだ! それとサナギよ、自分が襲われてるわけじゃねぇーって安心するなよ。下からラクラ隊長が狙ってるぜ」


「ひィ!?」


「下を見るな! オレの方を見ろ!」


 ノームの鋭い一喝が、サナギを再び硬直させた。死線をくぐり抜けてきた経験がノームの交渉を有利に進めている。


「人質での脅しが気にいらねぇってんなら、言葉を変えるぜ。オレたちが”協力”してやる! あの塔に眠る力を暴くためにな!」


「き、協力じゃとぉ……!?」


「おう。てめぇらが未だにこんな場所でまごまごしてンのは、自分たちだけで先に進む度胸がねぇからだろうが! オレ達が一緒について行ってやる! だから頂上まで連れて行け!」


「そんな、そんな都合の良いことを言っても! どのみちあのお方に逆らっては何もかも終わり……」


「じゃあやっぱり死んでおくか? 本当に生き返らせてもらえると信じて? アイツのことだから、仮に生き返らせたとしても何かしらフザけた趣向がされてるかもしれねーぞ」


 この言葉がトドメを刺した。


 良く考えれば、ノームを塔の頂上へ連れて行ったとして、必ずしもそれが自分たちにとって不利になるとは限らない。テンセイやコサメはともかく、ノームとラクラはあくまでも一個の軍人だ。フェニックスの力を奪うことなど出来るはずがない。自分たち科学者がフェニックスの力を解析し、魔王の助けになることの方が可能性としては高い。


 ……などという言い訳を考えさせるに至ったのだ。


「し、仕方ない。塔の頂上まで連れていく。連れていくだけだぞ……。たどり着いた、いた、後のことは何も、も、保証せん」


「保証なんざ最初(ハナ)っから求めてねぇ。向こうについて何が出来るのかってこともオレ達にはわからねぇんだからな。だが今やるべき事はそれしかない。少しでも可能性があるのなら、とにかく行くだけだ」


「クケェェ……。無謀、無謀な……」


 ともあれ、取引は成立した。結局のところ、サナギとルクファールの絆というのは、互いに利用し合うためだけのものであった。サナギとサナミは自分達が面白い研究を出来ればそれだけで満足し、そのためだけに生きている。ノームはその点を上手く刺激したのだ。


「ただし、ただし、一つだけ条件が」


「ああわかってる。『フラッド』の二人は連れて行かねぇ。塔の一階で安静にさせておく。あの二人が目を覚ましたらこの協力関係は消滅するからな」


 ベールが着地すると、ちょうどラクラが二人を塔の中へ運んだところであった。内部はベッドが一つひっくりかえっていることを除き、意外と荒れていなかったという。


「この体じゃあ一階の扉からは入れねぇな。塔の外側を飛んで上を目指すぞ。オッサンの話じゃあ、この塔はただの階段にすぎないらしいからな」

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