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第231話・背中

 他者の魂に侵入された生物が、その影響を発露するまでの間はおよそ二秒。ルクファールは幼少期の経験から正確にその時間を把握している。自分以外の人間に魂を憑依させた場合の時間も同じである。


(もう終わりだ。こいつなら魂を乗り越えられるかもしれないが、一瞬でも動きが鈍ればそれでお終いにしてやる。コイツに対してはもう遊ばない。全力で仕留めてくれる!)


 高速で火花を散らし合う二人にとって、二秒という時間は非常に長い。その瞬間が来るまでにもルクファールは慢心せずにテンセイを攻め、また反撃をかわしていく。姑息に時間を稼ごうとはしない。むしろ二秒が訪れるよりも早くテンセイを仕留めたかった。そうすればより己の強さを誇示できる。


「らしくねぇな。ベールの兄貴よ」


「なに……?」


 唐突にテンセイが言葉を放った。しかし実際にテンセイがルクファールへ送ったのは意味深な目つきだけであり、ルクファールはそこにこめられた無言のメッセージを感じたのだ。


「自分でも予測してるんじゃあないか? この後何が起こるのかを。それを見たくないから焦って攻めてるようにしか見えねぇな」


 あるいはそれは、テンセイの瞳に己の姿が映っていたせいかもしれない。自分でさえ気付いていなかった(気付こうとしなかった)事実をそこに見せられたような気がした。


 二秒が訪れる寸前、ルクファールは大振りな蹴りを放った。当たれば威力は絶大だが、空振りするか防がれると大きな隙が生じる蹴り方だ。そして二秒が経過した。テンセイが歯をくいしばる。苦痛に耐えるつもりか。いや、違った。それは強烈な蹴りを真正面から受け止めるための気合の表れであった。


「オラァッ!」


 気合の咆哮とともに、左腕一本で蹴りを防いだ。渾身の蹴りはその太い腕に多大な被害を加えたが、肉や骨を断ち切って顔面へ届くことは出来なかった。テンセイの勢いは止まらず、まっすぐに伸ばした右拳が逆にルクファールの頬を打ち砕いた。砕けて折れた歯が血にまみれ、ルクファールの口から吐き出される。


「くぅ……! 貴……様ァ!」


 テンセイがわずかにでも動きを止めていれば、ルクファールの蹴りは確実に頭蓋骨を粉砕していただろう。しかしテンセイは止まらなかった。


「……背負えってんなら、いくらでも背負う。今まで散々逃げ続けてきたからな。全部受け止めて、てめぇを倒す。それがオレの役目だ」


 テンセイの声を聞きながら、ルクファールは派手に後方へ吹き飛んだ。殴られる瞬間に自ら飛び退いたせいでもあるが、拳の威力はそれ以上に魔王へ衝撃を与えた。


「テン、セイ……!」


 吹き飛ばされたその身が木に衝突する寸前、ルクファールは独楽のように回転し、両足で木を受けた。体勢を整えてテンセイを見返すその瞳には、しばらく抑えていた怒りの炎が再び湧き上がっていた。


「認めるか、認めるかァッ! お前は私より遥かに下! その程度のことで図に乗るな下衆めが! たかが一つの魂を越えたごときで……ッ!」


 魂のホテルは、ルクファールが吹き飛ばされると同等の速度でその傍について来ていた。どうやらホテルそのものはルクファールの体から遠い位置には離れられないらしい。その扉が開き、中から魂が現れた。しかし、その数は今度は一つだけではない。


「背負うだと? 確かにお前のバカデカい体ならいくらでも背負えるだろうな。だが私とは格が違う。物心ついたその時から……私は無数の魂を背負い続けてきたのだ!」


 五つ、十、二十……。不気味な紫が次々と放たれ、清潔な朝の大気を浸蝕していく。雲に覆われた空は少しずつ明るくなってきたものの、森の中は未だ木の影が濃く、その中を無数の魂が飛ぶ様は現世の景色とは思えない。大勢の死霊が三途の川の淵で船を待っているかのようだ。ただし、彼らが待っているのは船ではなく、新しい宿だ。


「ざっと二百……。侵略戦争の盛んなゼブ国に所属していれば、これだけの魂は簡単に手に入る。生前が人間だったものに限定しても、だ。これでもほんの一握りにしか過ぎないがなぁ……」


 魂の群れが、テンセイへ引き寄せられて一斉に動いていく。それはアフディテの蝶吹雪に似ているが、それよりも遥かに不気味な波だ。波を構成しているものはただの武器や能力ではなく、かつて生きていたものの魂なのだから。そして、ルクファールの命令ではなく夢を見続けたいという欲望のみに従って行動している点も、理解しがたい存在ということに拍車をかけている。


「今のお前なら、一つや二つの魂は背負えるかもしれない。だがこの数! これだけの魂が憑依すれば、いくらお前と言えど満足には立ち上がれまい。……白状すると、この私でさえ一度に百以上の魂を吸い集めると眩暈を起こす」


 なぜわざわざこんあことを教えたのか、その理由はルクファールでさえわからない。強いて言うなら、テンセイの困惑する顔を見たいためか。だがその想いは砕かれる。


「構わねぇよ。全部来い。だが夢は見せてやれねぇぞ」


 テンセイは少しも臆する様子を見せず、普段と変わらぬ力強い足取りでルクファールへ向かってきた。テンセイが近づくにつれ、波の進む速度が増していく。


「凡夫お得意の現実逃避か? フザけるな! 何度叩いてやってもすぐにまた調子に乗る……ああ、まったく忌まわしい事この上ない! 潰しても潰しても這い上がる蛆虫め。だからこそ思い知らせてやらねばならないのだ! フェニックスの力を完成させ、世の全てに我が力を! 誰からも尊敬される存在へ私は登りつめるのだ!」


 ルクファールが顔の前で両拳を握り、テンセイを迎え撃つ構えを取った。今度は積極的に攻めようとはしない。二百の魂全てを憑依させ、思いあがった考えを正してやらねばならないのだろう。


「大丈夫だよな、コサメ」


 テンセイがぽつりとつぶやいた。心なしか、その顔は穏やかに笑っているようにも見える。


「うん、大丈夫だよ」


 コサメは顔をあげず、広い背に顔を押しつけて返した。


「そうだ。オレは大丈夫だよな」


 テンセイがもう一度つぶやき、波へ向かってさらに一歩進んだ。

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