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第230話・認識

 ラクラとノームが魂の光を目撃するよ、数秒前のこと。


「テンセイ! テンセイ! テンセイ! お前だけはやはりッ! 忌まわしい存在だ!」


 ルクファールが興奮した口調でテンセイへ語りかける。口を動かしながら、それ以上に早く鋭い動作で蹴りや拳を繰り出す。ゼブの王宮住まいの頃に武術を覚えたのか、その一挙一足には洗練された美しさがあった。


「六年前、ここでお前を仕留めていれば何も問題はなかった。フェニックスが魂を散らそうと、すぐに回収することが出来たはずだ。お前がコサメを連れて逃げたために、私は余計な手間を取らされているんだ!」


 リークウェルの剣さばきよりも鋭く、サダムの技よりも重い、魔王の打撃。それをテンセイは己の身一つで防ぎ、かわしていた。


「今生き残っている連中も、お前がいるから希望を失わずに刃向かってくるんだ。何をやっても、どんな手段で追い詰めても! 万に一つもない可能性に賭けて心が折れることを防いでいる! ならばお前を血祭りにあげることが奴らの最大の絶望!」


 この激しい戦闘の中で、コサメはただ黙ってテンセイにしがみついていた。目と口を固く閉ざし、冬眠する獣のように身を丸めて、広い背中に張り付いている。身動きしないその様子はまるでテンセイの体の一部と一体化したかのようだ。


「私は、先にあの連中を片付けてお前に絶望を与えるつもりだった。お前は私の計画をブチ壊しにした張本人だ。そのお前を誰よりも醜く、そして残酷に殺してやらなければ気がおさまらない。他の奴らをどれだけ弄ぼうと、お前に楽に死なれては意味がない。そう思っていた……!」


 凶暴な目つきで語るルクファールの顔面目がけて、テンセイの鉄拳が飛んでくる。攻撃を防ぐだけでなく、隙あらば反撃までも仕掛けてくるその拳を、ルクファールは穴が開きそうなほど強く睨み、己の拳で弾き返した。


「だがこの速さ! この力! 明らかに先ほどまでより進化している! どんな小細工をしたのだ、テンセイ!」


「何もしてねぇよ。てめぇにブッ飛ばされて少しの間意識が飛んで、起きたらこんな動きが出来るようになってた」


 言葉までも返してくる。テンセイがラクラを庇った瞬間に、ルクファールは悟ったのだ。テンセイの戦闘能力が己の体術と同等に達していることに。


「……認めるものか。お前が私と対等などと誰が認めるか! 所詮はお前はフェニックスの恩恵を受けただけの凡夫にすぎない! 私は違う、違う! 私の力は、魂を背負って鍛えられた力だ! ただ受け取るだけのお前などとは違う! それを証明してくれよう!」


 突然のテンセイの進化。それは完全にルクファールの計算外のことであった。その正体を見極めずに終わらせるわけにはいかない。何が何でも打ち砕かねば気が済まない。


 拳と拳がぶつかり合い、凄まじい衝撃の波が飛び交う。それほどに激しい打ち合いでありながら、互いの皮膚は少しも傷ついていない。その肉体の表面に気力の鎧をまとっているかのようだ。おそらく、今のこの二人には矢も刀も通じないのではないか。


 ルクファールの力は、言うならば二重の要因によって得た力だ。魂を背負い、乗り越えることによる力。そしてフェニックスの生命力による強化。だがテンセイが持つのはフェニックスのみ。しかも、テンセイ自身がフェニックスを所持しているわけでもなく、ただコサメが無意識の内に放つ力を受け取っているだけにすぎない。それにも関わらず二人の体術勝負は互角の様相を見せていた。


「認めない。私は認めないぞ。私がこの力を得るためにどれほど苦労したか、お前は永久に理解できないだろう。そんな奴が私を越える……いや、肩を並べることも許すわけにはいかない。何としてでも、お前は徹底的に叩き潰す!」


 ルクファールの言葉には裏返しの意味が含まれている。その高いプライド故にねじ曲がった言葉でしか表現できないが、内心ではテンセイの力を徐々に認めつつあった。それはルクファールの生涯において初めて体験する感情だったであろう。魂の重みに苦しめられた幼少期は、ただただ自分が他者から蔑まされていることへの怒りに満ちていた。その重みを乗り越えた後は、世に己を越えるものはないと確信し、あらゆるものを見下しながら生きていた。サナギ・サナミの姉弟やゼブ王サダムに対しては高い評価を下していたものの、それも「自分以外の人間の中では比較的優秀」という程度のものだった。


 指先で軽く押すだけで肉をえぐり、向かってくる無数の銃弾を腕の一振りでなぎ払い、達人の技をことごとく見切っては己のものとして身につける。それ程の力を得て以降に苦戦したのは、生命神であるフェニックスだけだ。だがそれすらも大凡はルクファールの予定通りの展開となり、勝利をおさめた。しかし今のテンセイは違う。


 ”お前は危険な存在だ。私の覇道を遮る最大の障害だ”。これがルクファールの本音かもしれないが、口には出さなかった。


「見るがいいテンセイ! 私とお前の決定的な違いを!」


 そう言ってルクファールはホテルを出現させ、ひとつの魂を解放した。ラクラとノームが目撃したのはこの場面であった。テンセイはルクファールの能力をごく一部分だけしか知らない。だが、不気味に現れた紫色の光を危険なものと判断することは容易であった。この場面で出現した不可解なものを警戒することは当然である。


 それにも関わらず、テンセイは魂に触れ、己の身の内に取り入れた。魂から逃げるような素振りは全く見せず、逆に自ら魂に接触してみせたのだ。これにはさすがのルクファールも驚愕の色を隠しきれなかった。だが、それは嘲りの衣をまとって表現された。


「お前は……脳の中まで壊れたのか。それに触れることが何を意味するのか理解していないくせに……」


「ああ、わからない。オレは何も知らない。だけど、これから逃げ回りながらお前と戦うことは出来ねぇってことはわかる」


 単純な理由だった。魂は生きた生物、特に、人間の魂は人間に宿ろうとする。テンセイはそのことを知らないが、ゆらゆらと揺れる魂が自分の方へ向かってきていることは瞬時に理解した。その魂から逃げつつ魔王と戦うことは不可能。それ以上の意味はなかった。


「愚か者が。もう遅い。これで決着だ」


 ルクファールが冷ややかな目を送った。

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