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第227話・舞台役者

「撃つのなら、しっかり急所を狙うんだな。手足を撃っただけではそいつは止まらない。動かせる部分をフルに活動させてお前を攻撃し続ける。痛みを感じることは出来るが、そいつを支配する本能は”殺害”ただそれだけだ。餓えた獣が何が何でも餌を取ろうとするようにな」


 ラクラの指が引き金にかかった。両手に構えた二丁拳銃のどちらもが火蓋を切る体勢に入っていた。


(こんな事は初めて……。引き金に指をかけて、そのまま静止するなど……!)


 剣による勝負ならば、鞘から剣を抜き、構えを取った状態で静止することはよくある。相手の呼吸を読み、一瞬の隙を逃がさないためだ。しかし銃の場合は勝手が違う。命中精度の問題はあれど、声の届く範囲内の敵と対峙している時点ですでに攻撃の射程内なのだ。そこに必要なのは素早い覚悟と判断。敵に狙いを定めた次の瞬間には攻撃を終えていなくてはならない。相手と交渉するのならともかく、相手の命を取ることが目的ならば絶対にだ。


「人間はな、そう簡単に(ハラ)をくくることの出来ない生き物なんだ。前だけ向いて進もうとしたって振り返る誘惑には勝てはしない。引かれた後ろ髪を断ち切っても、また髪は生えて捕まってしまう」


 ヤコウが構えを取った。両手を獣の前足に例えて地につき、頭を低くしてラクラを睨む。その体勢から次に取られる行為は誰にでも想像がつく。


(今、ここで撃たねば……ッ! これは敵! ヤコウの形をしただけの……)


 しかし、指は動かない。目の前にいる男の姿が、顔が、声が、ラクラの攻撃を阻んでいる。そこにあるのはヤコウとは無関係な魂だと頭の中で唱えても、肉体にまで命令が伝達しない。


「優秀なお前にも、ようやく理解できただろう。意思に関係なく肉体を縛る、言うなれば念の反抗。この苦しみをずっと味わい続けた人間が一人いる……いや、いたんだが、誰のことだかわかるか?」


 言われなくてもわかる。レンのことだ。訓練や模擬戦闘では他の追随を許さない腕前の持ち主でありながら、実際の戦場では無力になってしまう男。


「優秀な上司は部下の苦しみを十分に理解する必要がある。……と私は勝手に思っているんだが、お前はどうだ? 今この瞬間になって初めて、彼の本当の苦しみを理解できたんじゃあないか?」


 無慈悲な言葉がラクラを突き刺す。魔王は容赦を知らない。ラクラが最も傷つく処刑を淡々と進行させていく。


 体を動かせなくとも、ラクラの神経は鋭く張り詰められている。ヤコウを取り巻く空気がわずかに動いたことも素早く感じ取っていた。ヤコウの筋肉が膨張し、爆発するかのように躍動する。力強く大地を走り、弾丸の速さとなってラクラへ襲いかかった。武器は一切持たず素手での攻撃だ。


「くっ!」


 身の危機に呪縛が解けたのか、ラクラの体がようやく命令を受け入れた。だが引き金は引かない。指を離し、銃口を標的からそらし、防御に備える。振りあげられたヤコウの右腕が鞭のごとく顔面へ迫る。ラクラは左手に握った銃で拳をガードし、さらに追撃を逃れるために後方へ飛び退いた。流れるように隙のない動作だった。


「おお、さすがは女の身で幹部になれただけのことはあるな。どんな状況でも防衛の技は使えるのか。やはりお前も名実備わった戦士と呼ぶにふさわしい。しかし、戦士ならば敵に勝たなければならないはずだが?」


 いったん距離を離すことには成功したが、ヤコウはすぐさま追跡してくる。自身の防御などせず、ガムシャラに力を叩きつける攻撃一手のみだ。攻撃の隙をついて反撃に出れば簡単に倒せる。しかし、接近したことによりラクラの動揺は強くなる。その体温やにおいに記憶を刺激されるからだ。


(こんな……こんなこと! 戦いを長引かせる程苦しみも続く。それはヤコウの名誉を汚し続けることにもなる。肉体だけ似せた人形など、彼を侮辱するに他ならない行為。私が止めなくては、私がこの地獄を終わらせなければ……!)


 防御のためならば体は動く。テンセイのように直接自分の腕でガードすることはせず、可能な限り二つの銃でもって攻撃を防いでいる。いくら相手が力を集中させようと、ラクラの銃は拳より硬い。一打ごとにヤコウの拳は傷つき、皮が裂け、血が滲み流れ出していく。だがそれ以外にラクラはヤコウの体を傷つけることが出来なかった。


「グア、アアアアッ!」


 ヤコウが吠える。赤子の状態から手足を動かせるようになるまでは急速に成長したが、明確な言葉を発するにはまだ至っていないようだ。おそらく魂の望む夢が”強者を倒すこと”であるため、それに必要のないことに関しては肉体との結合が遅いのであろう。もっとも、このヤコウが言葉を発すればその声は生前のヤコウと丸っきり同じものであり、ラクラを追い詰めるのにさらに一役買っていただろうが。


 痛みを感じることは出来る、とルクファールは言っていた。それは事実らしく、拳を痛めるたびにヤコウは苦悶の表情を浮かべ、それでも次の拳を繰り出してくる。そのことが魂の夢に関連しているのかは疑問だが、意地の悪いルクファールのことだ。肉体が元々備えている神経は敏感にしているのだろう。


「ふふふ。ようやく私の怒りもおさまってきたというものだ。凄惨たる地獄絵図を悠々と見物していられるこの愉悦。高級な酒を飲むよりよっぽど気持よく酔うことが出来る。快楽、快楽」


 舞台が脚本通りに展開していることを悦び、ルクファールは盛大に笑っている。ラクラはこの男に踊らされていることへ凄まじい怒りと屈辱を感じているが、それを加えてもヤコウを攻撃することは出来ずにいる。攻めるためには相手の姿を捉えなくてはならない。だが、見れば戸惑いが生まれる。目を閉じれば攻撃を防ぎきれない。


 さらに魔王は続ける。


「あぁ、最高だよラクラ・トゥエム。お前は程よく優秀で、程よく弱い。舞台を盛り上げる役者としては一流だ。愚かに躊躇するその姿は実に醜く、美しい。ふはは。あのレンでさえ死の直前には乗り越えたというのにな」


 最後の一言だけが余計だった。

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