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第223話・正義感

 嵐を呼ぶ雲を透かし、日輪の輝きがサイシャの島に降り注ぐ。闇一色に染まっていた大地は徐々に己の色を取り戻し、一方で日に当たらない箇所は影を濃くしていく。闇と光の調和。それはまさに、ルクファールの持つ力を象徴しているかのようだ。無限の生命力を放つと同時に、死者の魂を吸い集める。そしてその逆の行為をも可能とする。


「この魂は先ほど……と言ってもすでに昨日のことだが、この島で死んだある者の魂だ。誰のことだかわかるか?」


 ホテルの扉から放たれた魂は埃のように宙を漂い、徐々にユタへ近付いていく。


「お前はこいつを知っている。こいつもお前を知っている。そして憎んでいる。ずっと以前から、お前ら『フラッド』のことを恨み憎んでいる。憎しみの情はこの島でますます膨れ上がり、ついに果たされないまま生涯を終えてしまった。未練たっぷりのこの魂。さぁ、だぁれだ?」


 ユタは答えられない。魂はユタへ近付くにつれて速度を増し、ついに弾丸のような速さで少女の柔らかな肌へ吸いついた。


 あぁ、と悲痛な叫びがあがる。二つ目の魂は容赦なく少女の肉体を圧迫し、心根を完膚なきまでに叩き折る。憎悪を抱いた魂は脳にまでその猛威を振るい、幻影を見せつけていた。魂の記憶。ユタの脳裏に、記憶の映像が閃光のように瞬いては消え、また次の映像を見せつける。


「大勢の部下をお前たちに殺され、復讐を誓い戦った自分自身もお前の仲間に殺された。覚えているだろう。機械の鎧を身に纏う、将軍ヒアクの魂だ」


 ゼブ軍の部隊が映った。銃器や刀剣で武装し、訓練を受けた屈強な兵士たちだ。記憶の視点は、崖のようなやや高い場所から指示を出しているらしい。隊列を組んだ兵士たちが、緊張した様子で荒野を進んでいく。と、突然隊の先頭のあたりから悲鳴が響いた。そして直後に爆発が起こった。兵士たちは銃を構え、標的の姿を探すが、巻き上がる砂埃と噴煙が兵の視界を遮る。故意に起こされた風が煙幕を形成させていたのだ。


『クソ、まさかこの大隊に真正面からケンカを売るとは……! 奴らは狂犬か!』


 記憶の主が叫んだ。この記憶は、『フラッド』がゼブ軍と衝突した時のものらしい。この事件をきっかけとして『フラッド』の凶悪性はより広まることになった。逆を言えば、この時点での『フラッド』への認識にはまだ多分に甘いところがあった。


『退け! いったん体勢を立て直すぞ!』


 情勢を読んだヒアクは素早く指示を出した。だが、結局そこから生還することが出来たのはヒアクと数人の部下だけであった。その日から数日の間、『フラッド』がさらに攻撃を仕掛けてくるのではと軍全体が緊張し、ヒアクもそれに備えていたのだが、『フラッド』はそれ以上手出しをしてこなかった。サナギの側にいる魔王を倒すにはまだ力が足りないと判断したためだ。『フラッド』がゼブ国から離れたことで軍の一部は安心したものの、ヒアクはリベンジの機を待ち続けていた。


「どうだ? 自分が他人から本気で恨まれているという感覚は。もっとも彼は軍人だ。部下を殺され、自身のプライドを傷つけられたことへ恨みや怒りを感じていようと、ある程度は初めから覚悟の上でのこと。……どちらかと言えばあまりドス黒い感情ではない。それでもお前らを殺したいと思っていることに変わりはない」


 ルクファールの言葉は、その何割がユタに届いているだろうか。ユタは何の反応も示さない。圧力に敗北し、もはや指一本満足に動かせないほどに憔悴している。荒くなった呼吸は弱まり、全身が小刻みに震えている。重く閉ざした目蓋の内からは細い涙が流れ出していた。


「……ふん。意識を失う一歩手前か。妙にしぶといお前らのことだから、もう少しは耐えてくれると期待していたがな」


 ルクファールは掴んでいた髪を離した。何の抵抗もなくユタは地へ倒れる。ベールをサナギへ譲ったことからも見て取れるが、魔王は反応のない玩具に興味を抱くことが出来ないようだ。


「まぁいい。残る獲物はあと四……そこに転がっているリークウェルも含めて五人もいるんだ。物足りない分はそいつらで(まかな)うとしよう。お前はもういい」


 片膝をつき、指先でユタの首に触れる。フェニックスの力を使うまでもない。星の数ほどの魂を背負いながら歩く魔王の肉体は、指先で軽くつつくだけで人肉を引き裂くことが出来る。故に、突如走った光がその指を切断しなければ、ユタは魂の苦しみから解放されると同時に自身の魂をも失うことになったであろう。


「ほう。脳や心臓を狙わなかったことはいい判断だ。何があろうと私は指を止めるつもりはなかったからな。だが、やはり期待外れだ。お前は残った獲物の中で一番利口で現実的な奴だと思っていたけどな」


 返答代わりの弾丸が飛来するよりも早く、ルクファールの体は背後の樹上へ移動していた。的を外れた二筋の光が森の中へ消えていく。


「コサメはどうした」


「……ノームさんに頼みました。彼も(表には出しませんが)先の戦いによって疲労していますから。足止め役は私が請け負います」


「ふん。どうせこれ以上犠牲が出るのを黙って見ていられない、というところだろう。正義感を持つことは大いに結構。だがその手の感情は胸の中にしまっておくだけにしろ。実行に移すと面倒だぞ。例えば、そこのユタと同じ目に会わされたりな」


 ルクファールの手の上に、再びホテルが現れた。


「そうだ。面白い話を聞かせてあげようか、ラクラ・トゥエム。私は一度お前とじっくり語り合ってみたいと思っていたのだ。話題は当然、彼のことについてだ。かつてお前と青臭い仲にあって、結局最後は私の手駒となったウシャス幹部の話だ」


「……彼について、あなたと話をすることは何もありません。あなたが彼に何をしていようと、すでに過去のことです」


「冷たいな。しかし構わないだろう。時間を稼ぎに来たんじゃあないのか?」


 四発目の光を首を動かすだけで回避し、ルクファールは笑う。ウシャスの雄、幹部ヤコウを裏切り者へ変貌させたのはこの男だ。

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