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第221話・追走

 火焔鳥が現世を駆けた。眩い炎は光の線となり、非生物には一切影響を与えず、生きる者だけを選んで(つい)ばむ。次なる哀れな被食者の名はダグラス。爆弾を生み出す『紋』の所持者であり、立ちふさがる障害を破壊して進み続けてきた男。彼の破壊者としての自負はテンセイによって砕かれたが、仲間のために武器を取る戦意は最後まで失われなかった。彼は己が消滅する最後の瞬間まで仲間を想い、戦意の炎を弱めることなく敵に向き合った。


「ダグッ!」


 空から降る悲痛な叫びは、もはや意味を持たない残骸。声は届かず、温もりも感じられず、この世の全てとの因果から解放され、また一人の戦士が消え去った。爆弾を発射する特製の銃が、主を失い空しく地に落ちた。


「ほぅら、結局はこうなるのだ」


 炎の翼を生やし、それ以上に激しく燃え盛る烈火を瞳に宿し、ルクファールは舌を回す。


「どいつも、こいつも、私より遥か下の存在なのだ! 私が意識を動かせば貴様らごときただちに消し去れることを念頭に置けッ! 幸福を求めるならば! 夢を見たいのならば! ただ私を信じるそれだけでいい。お前たちはすでに手遅れだがな」


 ユタはキツネに乗り、上空へ逃れていた。無論、高く飛び上がるよりも先にリークウェルの元へ駆けつけ、その身を担いでいることは言うまでもない。


 ノームとラクラもただ突っ立っているわけにはいかない。ラクラはコサメをしっかりと胸に抱き、視線をルクファールに向けたまま森の方へ走り出していた。ラクラはウシャス軍の幹部。感情のままに戦う『フラッド』とは違い、戦況を読んで的確に判断を下さなければならない。勝機の見えない相手と対峙し続けることは許されない。コサメは大人しくラクラにしがみつき、泣き叫びもせずに惨状に耐えている。ノームもムジナを使って聖光の危機を脱し、同様に逃げの一手を進めていた。


「……羽虫どもが。まったく理解の鈍い頭よ。私を倒せぬと理解したまではよいが、逃げきれると少しでも思っている時点でまだまだ話にならない。黙って(こうべ)を垂れていれば多少は安らかに死なせてやるというのに」


 枯れることを知らない泉のように悪態を吐きつつ、ルクファールの目は次の標的に向けられている。それはラクラやノームではない。宣言通り、ユタだ。


「どこまで私の手を煩わせれば気が済むのだ。ダグラスの死体でお前を殺すつもりだったが、あの炎を使っては死体が残らない。私の不手際か? お前らまでもが私を嘲るつもりなのか?」


 屈折した苛立ちが魔王の血を滾らせる。空を見上げれば、ユタとリークウェルを乗せたキツネが空を滑り、これまた森の奥へ向かっているところだった。……森を目指すのは、やはりまだしぶとく生きているテンセイに望みをかけているからか。


 ユタは聡い。いや、この相次ぐ悲劇が少女の心を強く鍛えさせたというべきか。姉のように優しく、甘えたがりな自分を受け入れてくれたエルナ。口は開かないけれど、誰よりも仲間思いなジェラート。口は悪い上になにかとケンカの火種を撒き散らすくせに、心の底から頼りになったダグラス。それらがたった一人の男に、わずか数分の内に消されてしまった。リークウェルさえもが(まだかすかに意識を保っているものの)目も当てられない悲惨な姿へ変容させられている。そんな中でユタが正気を捨てずにいられることは奇跡に近いことかもしれない。ユタ自身が先ほどまで半ば死にかけていたころを考えると、そう感じる他ない。


 だが、ユタの正気は非常に危うい均衡の上に成り立っている。ほんの少しでもその精神を揺り動かす刺激があれば、瞬く間に少女の心は砕け落ちるだろう。絶望の底よりさらに暗い深淵へ突き落とされてもなおユタが素早く行動を起こせるのは、希望という命綱が手元に残されているからだ。リークウェルはまだ生きている。全身に火傷を負い、息も絶え絶えではあるが、ともかく生きている。ユタにとってこれほど喜ばしいことは他にない。そして、テンセイも生きている。初めて会ったテンセイは”敵”だった。自分のことを子ども扱いする口ぶりに毛嫌いもした。だが同時に、悪人でないことも感じ取っていた。


 魔王の力に対抗できるのは、同じフェニックスの力を持つ者だけだ。だがリークウェルはすでに力を使い果たしている。残るはコサメだが、自分よりも若い――というより幼い少女を盾に使うことなど倫理を持ち出すよりも前に感覚で否定できる。コサメの力を受け、それを使いこなすことのできる男。テンセイでなければダメなのだ。ユタがこれまで見てきたどんな大人たちとも違う、あの大きな男が最後の拠り所となっている。


(あいつなら……あいつなら、あの悪魔にも対抗できるはず。もうあたしの力じゃ及ばない……。リクを守るには、あいつに頼るしかない)


 テンセイが蹴り飛ばされたとおぼしき方角へ、ユタの操るキツネは飛ぶ。もしも下からあの光が襲ってきたならば。その時はもう何の術もない。しかし、ユタは自分の能力に自信を持っていた。風を生み出して飛ぶキツネはやや複雑な軌道を描き、全力を出せばその飛行速度は自動車をも遥かにしのぐ。そう簡単には捉えられない。


 事実、光は飛んでこなかった。あの恐ろしい光がユタを襲うことはなかったが、ある意味ではそれ以上の恐怖が迫っていた。


「あっ……!」


 かろうじてそれだけが細い喉から絞り出された。いくつかの木々を越え、逃走の前にルクファールのいた位置から見えないはずの場所まで来た時だ。後ろを振り返らず真っ直ぐに前だけを見ていたユタの眼前に、あの魔王の顔が現れたのは。


「何度言えばわかる? お前たちに許される行為は、絶望に打ちひしがれて己の弱さを恨む。ただそれだけだ。それ以外に何をやっても私は許さない」


 ルクファールはキツネが飛ぶ以上の速さで地を走り、一度の跳躍でこの高度に達していた。それほどの芸当が出来るならば先にラクラやノームを仕留めることも出来たであろうに。


「よりにもよって生意気な口を利いたお前らは、何よりも優先して末梢してやらねばならん!」


 魔王の跳躍はキツネの頭上をも越え、落下と同時に蹴りを放った。

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