第217話・真の力
ラクラの銃が放った光はルクファールの頭蓋骨を側面から破り、脳をかき乱して反対側へ飛びだして行った。足元に接近していたムジナから現れたノームの腕は、肉を貫いて心臓へナイフを突き刺した。
「ボケッとしてんじゃあねーぞてめーらァッ!」
ノームが叫んだ。叫びながら全身を出現させ、ルクファールの腹に蹴りを入れて飛び退いた。この一喝が止まっていた歯車を動かさせた。そうだ、まだ一つの希望が残っている。完全に即死させてしまえば治癒は出来ない。
風が渦巻き、ルクファールの足を絡めて宙に浮かべた。噴き出した血液が風に舞い、ルクファールの体を深紅に染めていく。血のカーテンが姿を隠すよりも前に、そこへ爆弾が突っ込んだ。見えないが、おそらく腹のあたりに命中した。羽のガードも間に合わない。爆発の衝撃に押されてルクファールが渦巻きの中から弾き飛ばされた。すかさずそこへ向って影が走る。影は先端の欠けたサーベルを握り、それでも十分な殺傷力を生み出す程の速さで突きを繰り出した。
魔王の首に風穴が開いた。リークウェルの気迫と技は折れたサーベルにさえも一瞬だけ鋭さを蘇らせた。刃は喉仏を貫通して骨の真横から飛びだした。魔王の血がべっとりと刀身に絡み付き、肉と刃の隙間から空気が漏れている。が、空気の漏出はすぐに止まった。サーベルが引き抜かれぬうちに隙間が詰められたからだ。
「ぐっ……!」
リークウェルが呻く。どうしたわけか、腕に力を込めても、突き刺したサーベルが抜けない。筋肉の分厚い胸に刺したのならともかく、ほぼ空洞の首に刺したサーベルが、見えない手で掴まれているかのように固定されている。
「どいつも……こいつも……」
ルクファールがしゃべった。どれ一つ取っても致命傷となる攻撃を連続で受け、そして首にサーベルが刺さったまま口を動かして声を出している。蛇の瞳が熱い息吹を吐きかける。
「なぜ夢想に逃避する! もしかしたら、上手くいけば、そんな言い訳口上を盾にフザけた真似をするッ!」
首の傷穴から触手に似た繊維の塊が生え、それがサーベルを掴んでいる。頭部の撃たれた傷も、心臓の刺された傷も、爆弾による破壊の跡も完全に消えている。
(なんだ、コイツのこの体、この感触! コイツ、本当に人間か? 同じフェニックスの力でも、オレやテンセイとは比べ物にならない!)
リークウェルは自分が震えていることを否定できなかった。サーベルに滴る血液は毒々しいまでに赤く、刀身を伝って指に触れれば火傷するのではないかと思うほど熱く煮えたぎっている。フェニックスを宿すリークウェルであっても、脳に弾丸を撃ち込まれれば死ぬか、治癒が間に合ったとしてもかなりの体力を消耗させられる。ウシャス東支部で心臓を斬られた時もそうだった。
(おかしい。コイツはさっきから膨大なエネルギーを消費し続けているのに、まったく体力の弱まる気配がない。……コイツの強さはフェニックスだけじゃない! 何か別の力を持っている! 死体を操るのもその力の応用かッ!)
その事に気付いてももう遅い。サーベルから手を離し、ルクファールから遠ざかろうと地を蹴った瞬間、アゴに固い拳が命中して空へ打ち上げられた。殴られた拍子に布のマスクが外れ、唇の横に刻まれた『紋』が露わになった。
「お前らごときが幻想を抱くな! 夢ならば死した後にいくらでも見せてやろう!」
ルクファールの拳が炎を纏う。次に行われるであろう処刑を阻止すべく、光の弾丸と爆弾が同時に放たれる。だが拳の炎と共に出現した翼によって無力化された。破滅の嘴が現れる。
「罪ごと融けて消え失せろ」
刑は執行された。アフディテを消し去った光の波が、上空のリークウェルを包みこむ。明るくなりかけた空に白い穴を穿つように光は走り、瞬く間に消滅した。
だが、光の去った後に影が残っている。衣服だけではない。リークウェルの肉体が、まだ生命を保った状態で残っていた。
「ふん、フェニックスの力か。つくづく目障りな羽虫だな。微小とはいえフェニックスを持つ者なら、自身の炎で私の光を相殺することも可能ということか」
「うっ……く」
正確には光を炎で防いだのではなく、破壊の力を再生の力で打ち消したのだ。光によって与えられた過剰な生命力が肉体を暴走させ内側から融解させるのに対し、崩壊する寸前の肉体に再び生命力を送って修復させたというのが正しい。リークウェルの力は防御の炎を出すまでに至っていないためこうするしかないのだ。だが、決して完璧な相殺ではない。手段の困難さもさることながら、そもそも力の強大さがあまりに違いすぎる。
「醜い。弱者が付け焼刃の希望を持った姿ほど醜い者はない。お前はもう戦士などではない。哀れにも死に損ねた肉塊だ」
リークウェルが地に落ちる。受け身を取る余裕もなく、頭から落ちていく。寸前でユタが風を起こさなければアドニスと同じ結末を迎えていただろう。しかし、落下の衝撃は免れてもその身は無傷ではない。いたる部分が焼けただれ、場所によっては融解が完全に停止せず気泡を噴き出していた。かろうじて火傷が見られない場所も、まるで何日も絶食したかのように痩せ衰えている。
「今のでお前の力も燃え尽きたか。小賢しい。どこまでも小賢しい! だが、おかげで私はまた一つ賢くなれたよ。追い詰められた弱者ほど丁寧に殺さなければならない、ということをな。やはり先の宣告通り、お前を仕留めるのは後回しにしよう」
ルクファールの視線が、ダグラスとユタ、それに割り込んだノームに向けられる。その手は再び炎を纏っていた。しかも今度は翼を出したままだ。
「いいか、よく聞け。ただフェニックスの力に頼っていただけのお前らが、この私に万が一にでも敵う確率などありはしないのだ。魂を集め、管理する我が能力。その重さはお前らには永久に理解できまい」
狙われた三人に出来ることは、直ちに分散することだった。ユタはキツネに乗り、ノームはムジナを走らせてその場から離れる。ダグラスだけが銃を構えたまま残っている。一撃による全滅を避けるための策であったが、それは一人を確実に見殺す決断だった。
「離れろ、てめぇら。アイツはたぶんオレを狙う」
ダグラスの放った声があまりに重く落ち着いていたため、二人は従わざるを得なかった。