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第215話・捕食

 一筋の光は、遠い夜空を流れる星のように瞬く間に現れて消え去った。あまりの(はや)さに誰もがその正体を理解しかねた。その光を放ったルクファールだけが笑みを浮かべている。


『ひっ……』


 少し遅れてサナギとサナミが同時にその意味を理解し、狼狽し始めた。


「あれ、あれはまさか」


「サナギ! 早く、く、早く隠れ……!」


 うろたえる二人がベールの上で身を寄せ合い、どこから出したのか、風呂敷包みのような布ですっぽりと身を隠した。弾丸や刀を防ぐことなど到底不可能な粗末な守りにしか見えないが、二人は必死だ。


「ふふ。やはりお前たち二人が一番お利口だ。今の合図を察してちゃんと動いてくれる」


 声はサナギにかけながらも、ルクファールの目は依然としてアフディテを射抜いている。炎の翼を休みなく動かしつつ、右手の指先を少女の眉間へ向けた。その手にも炎が宿り、一呼吸ごとに高まっていく。


「冷酷な不幸に踊らされた小娘よ。せめてその最期だけは温かな死を送ってやろう」


 ルクファールの手に宿った炎が、鳥の(くちばし)のような形に変じた。それは敵将を仕留める槍にも見え、確かな敵意が現れていた。だがアフディテは逃げようとしない。自分の足では逃げられないとわかっているからだ。正面から炎を受けるつもりか、蝶の壁を築き始めた。


 鳥のいななきが響く。覇道を進む魔王の放った炎は白い光となり、標的をいともたやすく喰らった。他に形容のしようがない、あまりにあっけない捕食であった。待ち受ける蝶をことごとく焼き散らし、サナギとサナミの隠れる布をも押しつぶし、血統に目覚めたばかりの少女を噛み砕いた。


「見ろ、夜が明けたぞ。長い、長い、夜が明けた。私が新たに生まれ変わる誕生の日だ。残る害悪を蹴散らして私は世に君臨するのだッ!」


 ルクファールが両腕を広げて天を仰ぐ。紅蓮の翼を緋色に咲く彼岸花のように広げ、何者をも掻き消す光に身を染める。この男の光に対抗できるものは、おそらく世のどこを探しても存在し得ないだろう。ただ一つ、雲の向こうに登った太陽を除いて。


 薄ら明るくなる空の下で、また一つの命が潰えた。ベールの黒い背の上に、ふわりと白い花弁が垂れた。アフディテの纏っていた衣服が主をなくし、亡骸の代理を務めて倒れた。神の光は罪人の肉体だけを焼き払い、生物以外のものには少しも熱の影響を与えない。鎧だけを残して消えた父と同じく、哀れな娘も衣服だけを残して消滅した。


 サナギとサナミの隠れていた布も、黒い肌の上にひらりと重なっている。どう見てもそこに人間がいないことは明らかだ。


「……ふふふ。そうだ、それで良いのだ。サナギ、サナミよ。私は時々妬ましくなる。お前の頭脳と、その能力がな。局所的とはいえ、私のもたらす死を遮ることが出来るのはその力だけだ」


 ベールの肌の一部に被さった布が、ふいにぴくりと動きだした。風が入ったかのように布の中央が内側から膨れ、徐々に立ち上がっていった。やがて布はある程度の大きさにまで膨らんだ。そう、小柄な人間が二人入れるほどにまで。


「クケ、ケ……。あぶ、危なかった……」


 まるで奇術だ。布が取り去られ、後から現れたのは双子の科学者。顔面の引きつりがますます酷く成った他は一切変化がなく、断罪の光に巻き込まれてなお生存していた。奇術のタネはノームが知っていた。


 ”理想の実験室”。サナギにとって都合の悪い事態が生じた瞬間、自動的に時間を巻き戻してしまう常識離れした能力。今の動作を見る限り、能力者である自分自身がある程度閉鎖された空間にいることで能力を発現できるらしい。ルクファールの言うように限られた範囲のみであるが、これもまた一種の不死と言える力だ。


「その稀有な頭脳と力、これからも私のために存分に振るうが良い。サダムと同じく傀儡にしてしまっても良いが、お前たちはそのままの姿が一番面白い」


「は、ははぁ……」


 ルクファールがサナギとサナミを手元に置いているのも、遊戯の一環である。頭脳が優れていると言っても、殺害して魂をホテルに閉じ込めてしまえばいくらでもその知恵を絞り取ることが出来る。優れた『紋』でさえも、ルクファール自身の能力の前では結局は微々たるもの。その気になればいつでも捻り殺せるが、あえて泳がせて楽しんでいる。鳥を飼うことに等しい遊戯だ。


 結果、アフディテだけが消滅し、悪魔は生き残った。ルクファールの力を見せつけるショーとしての効果は絶大だ。リークウェルやノームがあれだけ苦しめられたアフディテを一瞬のうちに無に帰し、その身に負った傷は完全に修復されている。立ち昇る妖気は劣るどころか朝日の気配を近くしてますます強く燃え上がり、獲物を喰らう度に温度を増していく。


 それでも生き残る戦士たちは命を諦めない。時分たちの攻撃は通じないとわかってもなお、ダグラスとユタは戦いの構えを解かない。いつの間にかその背後にリークウェルが戻っている。フェニックスを奪われまいとする決意の陣か。ウシャスも似たようなものだった。コサメを引き戻し、銃を向けるラクラとナイフを構えるノームが固い意思を秘めた目で睨みつけている。


 大部分が恐怖に染まりながらも、まだ誰も希望を捨てていない。自棄になったか絶望のあまり現実が見えなくなったか……と普段のルクファールなら思うところだが、今はその理由がわかる。『フラッド』やウシャスが諦めない理由。それは全てあの男に集約されているのだろう。これまで幾多の困難や不可能を乗り越えてきた、不屈の男に。


「テンセイは生きている。だがあいつに加えた一撃はかなり重い。ここに戻ってくるまで、果たしてあと何人が生き残っていられるかな」


 ルクファールはゆっくりと品定めを始めた。次は誰をその手にかけるか。ご馳走を目の前にしてどれに箸をつけるか迷う子どものように、獲物一つ一つの顔を見比べて判断する。フェニックスを持つリークウェルとコサメを仕留めれば、この場での目的はほぼ完了する。だがそれよりも優先すべき事柄がルクファールの決断を促した。


「次はお前たちだ。ダグラスとユタ。私に無粋な牙を剥いた罪は裁かねばならん」

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