第21話・流れ消え行く生命の火
テンセイとレンが坑道内で苦戦していた頃、外でも戦いが行われていた。ガケ下に二人の黒コートが立っている。
「わ〜ぉ。相変わらずハデにブッ放すねー、ダグ」
「さて、生きてるかな? 一人と一匹は」
爆発が起こったのは、採掘場のほぼ真正面に位置するガケの壁面であった。作戦開始前にブルートともう一人の軍人が潜んでいた辺りが、爆風にえぐられて消滅している。
爆弾を使ったのは、『フラッド』の一員・ダグラスだ。小柄のユタとは対照的に背が高く、肩幅もガッシリとしている。声からも察するに男性だろう。その手には、通常の拳銃よりも遥かに大きく、そして並みの人間なら片手で持ち上げることすら困難なほどの重量を持った大口径の銃が握られている。弾倉部分が太い円筒状になっているのが特徴的だ。
「おっ、生きてた。爆破位置がちょい低かったからなぁー、爆風で舞い上がった岩が防御壁になってくれたのかも」
ダグラスがガケから落ちた岩雪崩を指差す。岩の塊をかきわけて這い上がってきたのは、ムジナとゼブ軍人である。
「オレとしたことが……オッサンに報せる前に追いつかれちまったぜ」
ムジナがしゃべる。本体のノームはまだ採掘場置き場に潜んでいる。『フラッド』の存在をテンセイとレンに伝えるだけなら、ムジナ単体の方が速いと判断したからだ。
「クソ野郎ォッ!」
ゼブ軍人が銃を抜き、ダグラスに向けて発砲した。ガケから落下して負傷しているにもかかわらず、正確に狙いをつけられたところはさすが軍人と言えよう。だが、『フラッド』の技はそれよりも深い。ほぼ同時に、ダグラスもまた銃を撃っていた。よほど筋力を鍛えているのだろう。片手で軽々と銃を扱い、発射の衝撃を受けても下半身がグラつかない。
両者がほぼ同時に放った弾丸は、同一線上の両端から中央へと向かっていく。そして当然、ある地点で互いの弾丸がぶつかりあった。通常なら、真正面からぶつかった弾丸は二つとも弾かれるか、あるいは一つにくっついて地に落ちるか、だ。
今の場合はそのどちらでもなかった。
「エネルギーが全然違う。オレの爆弾は決して破壊されない」
ダグラスの放った弾丸(弾丸というにはあまりに大きい。そのサイズは手のひらで掴めるほどであり、小型のミサイルと言い換えても良いかもしれない)は、ゼブ軍人の放った弾丸をたやすく弾き飛ばし、自身はそのまま軌道を変えずにターゲットへ迫っていったのだ。
「うおオォッ!?」
軍人は慌てて身を伏せた。直後、頭上の壁面に太い弾丸が食い込んだ。固い岩にすら弾かれず、それどころか弾丸の半分ほどが岩に埋まっている。
(凄まじい破壊力……。だが、そのぶん連射はできないはずッ!)
再び軍人が身を起こして銃を構える。しかし、引き金を引くことは出来なかった。それどころか、彼は永久に右手で銃を握ることが出来なくなってしまった。
岩にめり込んだ弾丸が爆発し、軍人の右半身を吹き飛ばしたからだ。
二度目の爆音が鳴り響く。しかし、テンセイはノームのことを心配する余裕がなかった。
「賞金首は……殺すと値が下がる。だから殺さずに気絶だけさせるよう、オレはサーベルを選んだ。急所に深く突き立てない限りは致命傷にならないからな」
その言葉通り、リークウェルの攻撃は浅く傷つける程度にとどまっていた。深く刺さずとも、出血多量でやがて気を失う。その後で止血も兼ねて縛り上げればいい、という戦法であろう。
「それにしてもしぶといな……。オレと戦う前から出血していたというのに」
「そう思うんなら、なぜさっさとトドメを刺さない。やろうと思えばいつでも出来たはずだぜ」
テンセイはまだかろうじて立っている。しかし、顔は血の気がなく青ざめており、呼吸も荒い。火傷した右腕を除く、全身の体温が冷え切っていた。
レンも善戦はしたのだが、もはや立ち上がることすら出来なくなっている。意識があるのかどうかすら怪しい。
「興味があるからだ。なぜこんな場所でゼブとウシャスの軍人が戦っているのか? 外にいるゼブ軍人は、何の為にわざわざウシャス領へ侵入した? そこんとこを説明してもらいたい」
「けッ……それを聞いてどうすんだ。お前らは国同士の争いには関与しねぇんだろ」
「全く縁がないわけでもない。仮に、二つの大国が戦争をやらかしたとしたら……。ぞろぞろと出て来る。『罪人』がな」
リークウェルが動く。
大きく円を描くようにサーベルを振るい、三度、テンセイの手首へ突き立てた。手首がちぎれるのではないかと思われるほどにひねり上げる。命の象徴である真紅の血液が、ドクドクと剣先を伝って流れ出ていく。テンセイはこの世のものとは思えぬ叫びをあげるが、剣を抜いたり反撃したりする気力はほとんどなくなっていた。寒気と痺れが全身を駆け巡り、生命の力が弱まっていく感覚を実感させられていた。
「リク。連れてきたわ。やっぱり一人隠れてた」
声がしたのはリークウェルの後ろからだ。黒コートを着た二人が、耳長の獣フーリを伴って現れた。二人のうち片方は『通訳』の女性だ。
もう一人の人物はフードを被り、さらにうつむいているために顔は見えない。よく見ると、その人物の肩の上にもう一つの顔が乗っている。そちらの顔はよく見えた。テンセイのよく知っている顔だ。
「ノームッ!」
気を失ったノームが、敵に背負われていたのだ。闇の中に潜んでいたところを、フーリに見つかってしまったのだろう。
「生け捕りに成功したか。なら、こっちの二人はもう用済みだな。尋問するのは一人だけでいい」
リークウェルが低い声で言い放つ。それは、テンセイとレンへの死を宣告するものであった。
だが、テンセイはその言葉からある情報を得た。
(二人、だと? オレとレン小隊長のことか。だったら……アイツはどこへ行った? まだ息はあるはずだッ!)
手首を刺されたまま、ゆっくりと振り向く。そして確認した。
ブルートが消えていることを。
「オレ……だ――死な……――ッ!」
坑道奥から声が響いた。炎は燃え尽きていなかったのだ。