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第207話・噴

 カウンター気味の左拳は、テンセイの荒い髪をかすめただけに終わった。右の手首に圧力を感じる。パンチを受け止められたテンセイが、素早く拳を解いてサダムの手首を握っていた。疾風のようにテンセイの体が翻る。手首を掴んだままサダムに背を向け、もう片方の手も添えて強く腕を引いた。背負い投げだ。鎧を着込んだサダムを投げ飛ばすつもりだ。


 強い。抵抗する間もなくサダムの足が地から離れた。金の巨漢が宙に浮く。


「ぐむっ……!」


 投げ技は、かける相手に重量があるほどダメージを与えやすい。武装したサダムに対しては打撃よりも有効だと思われる攻撃だ。無論、それが可能なのはこの世にテンセイだけだろうが。


 技をかけられた時、多くの人間は二通りの対応をする。一つは、恐怖のあまり目を瞑って身を固くする。本の的な防衛法ではあるが、これが最も危険だ。身を硬直させることはかえって落下の衝撃を強いものにしてしまう。そこで、ある程度心得のある者ならば受け身を取ろうとする。投げの威力に逆らわず、落下する直前に身を返してダメージを最小に抑える。


 だがそれは、あるレベル以下の人間の場合だ。俗に”超人”と呼ばれるような者たちは常識を越える反応を示す。視野が急速に回転する状況下で、サダムは地面の方向とそこまでの距離をしっかりと把握していた。


(フン)ッ!」


 持ち上げられた肉体が落下し始める瞬間、サダムは空いている左腕を突き出した。方向は正確だ。冷静に回転する右脳は、狙い通り左手をテンセイの襟に導いた。投げ飛ばされる最中に相手を掴み返したのだ。力の駆け引きに持ち込んだ。


 サダムの両足が地面に到達する。だが、背や尻は地につかない。上体をのけぞらせた体勢でこらえている。投げられたというより、自ら前方宙返りをやった格好だ。そして左手はなおもテンセイの襟を離さない。脚力とテンセイの体重を利用して墜落を免れていた。


 しかし、この体勢では次の展開で後れを取ることは明白。互いに両手がふさがった状態で、次にテンセイが取る行動は簡単に予測できる。そしてそれは実行された。蹴りだ。サダムの背骨の位置を狙って、テンセイの膝が跳ね上がった。この瞬間が好機だ。人間がどれだけ修練を積もうと、一か所に力を集中させれば必ず他の力が緩む。サダムはそれを逃がさない。襟をつかむ左手でテンセイを押し、同時に掴まれている右手を引く。直後に背中へ蹴りが入る。


「ぐっ……」


 鎧のため直接的な外傷はないが、突き上げる衝撃は大きい。しかし下からの衝撃はのけぞった上体を正常に戻す動力として役に立った。そして捕まった右手を引き抜くことにも成功した。素早く重心を移動させ、地を蹴って身を反転させる。両手を地面に突き立て、今度は屈むような姿勢で着地した。その顔面に靴先での蹴りが迫ってくる。雷のような反射で避ける。途切れることのない連続の動作で再び立ち上がる。


 そして放つ、反撃の拳。テンセイは両腕で防御する。だが構わない。ありったけの力を込めて腕に拳を叩きつけた。


(ようやるわ、その折れかかった腕で……。フェニックスの力で再生できるとは言え、激痛の感覚までは消せないというのに)


 傷んだ腕を酷使するのは再生に期待してか、それともこの程度では音を上げないということを示すアピールなのか。おそらく後者だ。サダムの拳を避けることも出来ただろうに、わざわざ腕を使ってガードした。


 サダムは容赦しない。ガードの上へ続けざまに叩きつける。相手が壊れかけた武器をかざすならば、完全に使い物にならなくしてやるだけだ。関節を外すのではなく、骨の中心を叩き折るつもりで殴る。それだけの力がサダムにはある。


 五、六発ほど殴った時、ふいにテンセイが前へ出てきた。サダムが拳を突き出す動きにあわせ、自分から突っ込んでくるように。七発目の拳を受けても前進は止まらず、力強く大地を蹴った。サダムの視界一杯にテンセイの髪が映る。


 衝突。顔面に、猪の突進に似た衝撃がぶつかる。腕でも脚でもない、単純な頭突きだ。顔面には防具をつけていない。わずかに顔を逸らしたため鼻の骨を折られはしなかったが、それでも鼻血が噴き出そうだ。それほどまでに強烈なパワーを受け、さすがのサダムはダメージを感じずにはいられなかった。


(成程、あえて腕で防御したは余からの攻撃を誘うため……)


 サダムが退き、二人の距離が広がった。サダムの負傷は背骨と顔面の痛み。これだけのダメージを与えてテンセイに残されたものは、今にも砕けそうな両腕。


 サダムが再び動き出す。テンセイもまた連動して前に出る。この二人の戦いは、両者が一気に攻め続けなければ永久にケリがつかない。相手に回復されてはならないからだ。しかし、互いに一撃で相手を仕留めるのは困難。それがわかっているからサダムは剣での攻撃にこだわり、テンセイはそれを破壊することを第一の目的としていたのだ。


 狙うのは互いに一撃必殺。完全に死亡させてしまえばフェニックスの力は作用しない。伝説に語られることが真実ならば、フェニックスの再生が及ぶのは生きている者か、自分自身の炎に焼かれたものだけだ。フェニックスは、他者の手で殺害される直前に己を焼くことで再生を可能としている。


 これまでの殴打も、蹴りも、投げも、全ては必殺の一撃を叩き込むための布石だ。決着の一撃のために、二の男が互いを傷つけ合う。殴られれば蹴りを返し、蹴りを喰らえば倍の拳で返す。定めた目的へ向けて傷つきながらも突き進む。


 その様はまるで、二匹の虎が絡み合いながら地獄への坂を転がり落ちていくかのようだった。

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