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第204話・甦る技

 テンセイの足が地を離れた。横に跳ぶためでも、前に出るための動きでもない。地面を蹴るのではなく、地表を滑ったのだ。当然テンセイが無用心に足を滑らせるわけがない。


「ぬおおおッ!」


 足を滑らせれば、体が沈む。足のふんばりがなくなれば、支えていた剣がまた急速に動き始める。地へ落ちていくテンセイの顔を剣が追う。落下の途中、その剣に添えていた両手が離れた。


「オラァッ!」


 離れた右手が、素早く固い拳に変化する。そして剣の横腹を殴りつけた。


 むぅ、とサダムが小さく呻く。拳の衝撃を受け、剣の軌道が逸れた。テンセイの顔面を両断するはずが横にずらされた。一直線に動く物体は他方向からのエネルギーに弱い。まっすぐに振り下ろす力に対して横に殴りつける力がわずかに上回った。


 剣が地へ到達する。その衝撃に弾かれるように、テンセイは身を転がして立ち上がった。


「けぇッ!」


 サダムが素早く剣を抜き、テンセイへ追撃を放つ。だがテンセイは跳躍で剣をかわした。その左肩から盛大に血液が噴き出し、あたりの土を湿らせた。


「フハハハハ。これはこれは、一本取られたかのう! 余は今の流れで完全にぬしを仕留められると思うておったが、見事に逃れられたわ。やはり並大抵の兵士とは違うのう」


「……なにが一本取られた、だ。一方的にダメージ受けたのはオレの方だろ」


 テンセイは致命傷を避けることは出来た。だが、結果的には無傷には程遠い。左腕と胴体のつなぎ目近くを深く斬り付けられ、今にも太い腕がちぎれ落ちてしまいそうだ。テンセイは上着の袖を破り、包帯代わりにして腕を胴体に繋ぎ止めた。これだけでは切れた神経までは繋げられないが、フェニックスによる治療がやりやすくなることは確かだ。


 応急手当の間、サダムが攻撃を仕掛けなかったのはせめてもの情けだろうか。いや、この男は戦いの最中に相手に情けをかけたりはしない。この男は、相手がただの凡百な兵士ならばただちに打ち倒す。ハエを追い払うのと同じように、一切の感情や慈悲を伴わない機械的な排除を施す。だが、相手が自分に並ぶほどの実力を持っていた場合――そんな者はこの世界上にごく一握りしか存在していないだろうが――、ただ力押しで勝つだけでは満足しない。己の持つ全ての力を見せつけて圧倒的に相手を上回り、決定的な敗北を認めさせなければ気がすまない。


「……テンセイよ、ぬしはあの男とも戦ったそうだな。ならば、今一度あの技を受けてみる自信はあるか?」


 あの男、というのが誰の事なのかテンセイには一瞬わからなかったが、サダムのとった構えを見てすぐに思い出した。確かにテンセイはその人物と対峙した経験がある。


 足裏でしっかりと地面を掴み、両手で握った剣を正眼(剣道における中段)に構える。呼吸を規則正しく整え、静かに戦場の空気を吸い、力強く吐く。研ぎ澄まされた闘志は膨大な圧力を放つと同時に、その立ち姿を一個の芸術品のように際立てる。


 ゼブ国随一の剣豪・アクタインの構えだ。その実直な性格と生き様を象徴する、基本にして究極の剣技の構えであった。放たれる圧で相手を硬直させ、わずかな隙を突いて凄まじい一太刀を加えるのだ。


 テンセイとアクタインと対峙し、一度だけその技を受けた。そして打ち倒した経験がある。だが、その時点のアクタインは負傷しており、刀も折れていた。今のサダムは万全、気力も絶好調だ。サダムの発する圧はアクタインのそれより遥かに重く、濃密だった。元々備えていた王の覇気も上乗せされているのだろう。極限の技と肉体が一つになり灼熱の闘気と化している。


「アクタインは余の部下であると同時に、共に剣技を高めあった友でもあった。ぬしを葬るにはこの技こそふさわしかろう」


 草木が揺れた。数羽の野鳥がぎゃあぎゃあとわめき、近くの木々から逃げ出した。遠くまで逃げられたのはその一部だけで、残りは声を途切らせて再び木の中へ姿を隠した。濃密な圧に絡め取られたのだろう。


「うぐ……」


 テンセイが呻いた。へそに力を入れ、しっかり足を踏ん張って懸命に耐えている。そうしていなければ、サダムに引き寄せられて忽ちの内に斬り捨てられてしまう。”力”と”美”は人をひきつける。


 戦いを見守る者達も、直接サダムに狙われていないにもかかわらず耐えなければならなかった。誰もがそれなりに修羅場をくぐってきた強者であるが故野鳥のような醜態は見せないが、浮き出る汗を隠せる者はいなかった。


 じわり、とサダムが距離を詰める。いったい何時の間に歩を進めたのか誰にもわからなかった。テンセイの方がサダム近づいたのかと思ったが、背後の景色を見るとそうでないことがわかる。


「アクタイン、ナキル、ヒアク、アドニス……。余の信頼する同胞達はみな倒された。残る将軍は我が娘アフディテのみよ」


(娘……?)


 テンセイはこのとき初めて、アフディテの存在に気づいた。そしてサダムの娘だという言葉に驚いた。


(あの女の子は、見たところ十五歳前後か? だとしたら、あれは本物のサダムの娘だな。アイツが王になったのは、早くとも六年前だ。フェニックスの力を得た後に限定される)


 しかし、それを知ったところでこの状況では何の意味も無い。


 テンセイはアクタインの真の実力を知らない。自分が対峙した時よりも遥かに強大であることは確実だ。だが、サダムの圧はそれをも超えているかもしれない。


(避けるか、止めるか。……白刃取りは無謀だ。仮に成功してもまた膠着になるし、今度も上手く逃げられるとは限らない。避ける、にしてもいつ動くか)


 サダムの仕掛けてくるタイミングが全く読めない。自分が隙を見せればかかってくることは予想できるが、生半可なフェイントにはかからないだろう。故意に攻撃を誘うことは難しい。かといって睨み合いの持久力を続ける事も分が悪い。


 結局、テンセイの取るべき行動は一つだった。サダムよりも先に前へ出るのだ。

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