第202話・剛VS剛
似たような分類でありながら、対極。どちらも常識離れした体格と筋力、そして素早い反射神経の持ち主であることは共通している。しかし、片や金色の鎧で身を固め、巨大な剣を掲げる覇王。片やシャツの上に布地の薄い上着を羽織り、擦り切れたズボンを穿いた田舎者。
「一応聞いてはおくが、武器は使わぬか?」
サダムが言った。
「いらない。剣も銃も性に合わない。この体がオレの唯一の武器だ」
テンセイが両の拳を打ち合わせる。細胞の一つ一つに強い意志を持たせ、心の奥の奥から気高い精神を引き出し、王と対峙する。
一度は逃げた。何も出来ず、ただひたすら震えているだけだった。全てを忘れて平穏に生きようとした。それは前を向いているようで、過去に背を向けただけの選択だった。だがもう逃げられない。どんなに頭の中で否定して逃げ続けても、運命はいつも先回りしている。テンセイは第二の故郷が焼失した時にそのことを悟り、そしてこの時を待ち続けた。
「フン。ならばコサメを背に負わなくとも良いのか? その方が直に力を受け取れよう」
「……こんな場所にまでコサメを連れて来たのは、オレから離れた隙にお前に襲われるのを防ぐためだ。もしオレがウシャスにコサメを残してきたら、お前はゼブ全軍を使って強奪していただろう」
サダムは言葉を発さなかったが、ニヤリと笑みを浮かべて見せた。
「ここまで来たらその心配はない。オレがお前と対峙して、隊長がコサメを守ってる限りはな。後はお前を倒しさえすれば全てが終わりだ。少なくとも、オレの役目は」
「まったく、知れば知るほど単純な男よの。だがまぁ、よかろう。ぬしの背にフェニックスがおろうとおるまいと、余の勝利に狂いはない」
コサメの能力はあくまでも無自覚だ。そしてテンセイやラクラはまだコサメに真実を教えるつもりはない。自分達は戦いの中に身をおくが、コサメには出来るだけ血生臭い話を聞かせたくないのだ。せめて、全てが終わるまでの間は。
だがそれでもフェニックスの力は発現する。コサメがテンセイの無事を祈れば、祈りの念と『紋』に封じられた魂が同調し、治癒の力となって放出される。故にテンセイは常に治癒の力を受け続けながら戦うことが出来る。多少距離が離れていても問題はない。この圧倒的優位があるおかげでこれまでテンセイは生き残ってこれた。
しかし今度ばかりはそうはいかない。サダムの持つ巨大な剣は、テンセイの鍛えられた肉体をもたやすく両断することが可能だろう。完全に切り裂かれてはフェニックスの欠片ではどうしようもない。さらに、相手はコサメ以上の力を持っている。
「ぬしを打ち倒し、ぬしの同志達へ敗北を刻み植えてから悠々と制圧してやろう。そして主力を失ったウシャスをも攻め落とし、我がゼブ国が世の全てを統治するのだ」
「その頂点に立つのがお前か。……そのためにあんな事をやってきたのか」
テンセイの言葉が切れるや否や、大気が動いた。物体の運動が風を起こす、どころではない。テンセイの肉体そのものが竜巻と化したかのような凄まじい突進だった。疾風の速さを伴い、岩石の重さを持った拳が伸びる。
パン、と乾いた音が広がり、風が止まった。初動の激しさの割にはあっけない終了だった。テンセイの放った渾身の右ストレートは、サダムの左手一本で止められていた。やってきた拳を掴み、小細工無しの純粋なパワーだけで食い止めていた。
(バカなッ!)
ゼブ陣営を除いた周囲の人間全てが驚異に慄いた。テンセイが力負けしたことなどこれまで一度たりともなかった。岸から引いた波が再び寄せてくるのと同じように、テンセイの豪腕はいかなる人智を以ってしても防ぎきれないものだと誰もが信じていた。サダムは右手に剣を構えたまま、ほとんど体勢を崩さずに左手だけで拳を受け止めた。その足腰は微動だにしていない。
「うむ、見かけ通りの剛力! このサダム、幾年ぶりに手が痺れたわ」
「こっちの台詞だそれは」
「ならば、次は此方の技を見せてやろうぞ!」
テンセイが拳を引くのと、サダムが右腕に力をこめるのは同時だった。
「ぬんッ!」
気合一閃、豪刀が走る。テンセイの突進と同じように刀身が風に変じ、大気はおろか宇宙の真理すらも斬り砕いてしまうエネルギーを身にまとう。柔よく剛を断つという言葉があるが、そんな空論など入り込む余地のない究極の剛であった。
間一髪、テンセイは左へ身をかわした。剣の巨大さ故に後ろに跳んでは逃げ切れない、という判断は正しかった。振り下ろされた剣の先が潜ったのは、テンセイが立っていた場所の数歩分後ろであったのだから。
「うむ、俊敏! 余の剣撃を初見でかわす者が二人もおるとは、まだまだこの世も捨てたものではないのおッ!」
剣が地に刺さったその瞬間が、テンセイのチャンスであった。いくらサダムがテンセイ以上の筋力を持っていようと、地に深く刺さった剣を抜くには動作に遅れが生じる。この間サダムが自由に使えるのは左手だけだ。
二発のパンチを連続して放つ。素早さを優先してモーションを小さくした、軽いジャブだ。軽いといってもそれはストレートと比べた時の話で、顔面を直撃すれば鼻の骨を叩き潰すことぐらい容易い威力を持っている。
先に放った右拳が、サダムの左手にブロックされる。だが直後の左拳までは防がれない。まっすぐに、不敵な笑みを浮かべる顔面へ叩きつける。ガツンという硬い手応えが皮膚を駆けた。だがサダムにはダメージを与えられていない。サダムは首を曲げ、冠に似た兜で拳を受けたのだ。重厚な防具はテンセイの鉄拳を弾き返し、持ち主の脳をガードしていた。
「フハハハッ! この鎧兜一式も我が王族に代々伝わる至宝の武具である! 腰の入った本気の拳ならば通じたかもしれぬがの、其のような速いだけの技では傷一つ付けられぬわ!」
(なにが代々伝わる、だ。……コイツの正体はベールの兄貴。そしておそらく、本物のゼブ王に”成り代わっている”。フェニックスの再生の力を応用すれば、自分の姿形を変えることも造作もないんだろう)
テンセイはすぐにサダムから離れた。目で見なくとも、剣が地から抜けたのを感じたからだ。