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第20話・黒い戦鬼

 『フラッド』には近付くな。連中は人を殺めることに何の抵抗も持たない。どんな軍隊でも突発的な殺傷事件はなるべくさけたがるというのに。奴らの機嫌を損ねるな。どんな些細なことでも目をつけられたら命の保障はない。


 それが、『フラッド』に対する世界共通の常識であった。だが、あろうことか、ゼブの軍人は彼らの野営地へ向けて発砲した。裸の状態で餓えたライオンと対峙することに等しい自殺行為だ。


「……逃げたね。南の採掘場の方向だよ」


 草むらから出てきた、五人の中で最も背の低い人物が口を開いた。身長は150センチ前後だろうか。賞金稼ぎ団の一員にしてはやけに小柄で幼い印象を受ける。


「あたしら、ここで銃を向けられるようなことした?」


「……中央海に海賊が出没。このまま被害が増大するようならウシャスが懸賞金を掛けるかもしれない。そんなウワサを聞いて来ただけだ」


 そう応えたのは、顔の下半分を布で覆った長身の人物だ。風にひらめくコートの裾から、鞘に収まったサーベルが見え隠れしている。


「実際に来てみたら、なんかもう退治されちゃってたんだよね。あたしらの出る幕なくなっちゃった」


「別に構わない。どっちみち北の雪国暮らしにも飽きていたしな」


「ねぇ……。フーリが何か言ってる」


 次に口を開いたのは、深い色の瞳をゴーグルで隠した(おそらく)女性だ。その傍らでは、耳長の獣がしきりに地面のにおいを嗅いでいる。フーリというのは、この獣の名前らしい。


「銃を放ったのは一人。南へ走って逃げている。割と体格のいい30前後の男性でおそらく軍の人間。ここまでは想定内。……だけど、その人物の後を一匹の獣が追っているらしいの」


 フーリが鼻と耳でターゲットを感知し、この女性が「通訳」しているようだ。


「獣? サイズは?」


「……小さい。たぶんイタチか何かだと思う。男の背後を5メートルの間隔をあけて追走。いえ、追跡している」


「興味がわくな、それは」


 サーベルの男が言う。メンバーの先頭を歩いているところを見ると、この男が『フラッド』のリーダー格らしい。


「どっちみちさぁー、弾丸ブッ放されて大人しくしてるつもりはないでしょ?」


「ユタの言う通りだぜ。行こう」


「採掘場のあたりで、火が燃えている。それに大量の血のにおい……。何者かによる戦闘が行われてるみたいね」


「先ほどの発砲と関係ありそうだな」


 メンバーが思い思いに言葉をかけてくる。小柄の人物の名はユタというらしい。


「いこ。リク」


 ユタに促され、リーダーの男、リークウェエル・ガルファは決断を下した。


 『フラッド』の仕事は早い。一度戦闘の態勢をとったなら、たとえ無関係者が近くにいても平気で巻き込み、敵を殲滅させる。まず真っ先に見つかったのは、鉱夫の宿舎を見張っていたレンである。レンは採掘場の方向に炎が燃え上がっているのを見て駆けつけてきたのだが、採掘場入り口付近で彼らに出くわしたのだ。


 そしてリークウェルが剣を抜いた。


「コイツらは話して通じる相手じゃない! その捕虜を捨て離して全力で逃げろッ!」


 つばぜり合いをしながら、レンがテンセイに向けて叫ぶ。はじめ、テンセイは拒否した。


「置いていくわけにはいかない。この軍人を本部へ連れ帰れば敵の情報が得られる」


「今はそんな場合じゃない! 全滅したら元も子もないだろう!?」


「……関係ない。誰一人とて逃がすつもりはないからな」


 リークウェルが宣言すると共に、サーベルの動きが加速する。レンの反撃をたやすく掻い潜り、腕や腹に幾度もの突きを決めた。レンがわずかに後方へ退いたことで傷は浅く済んだものの、傷の数が多すぎる。


「ぐぅッ!」


「あと二人……と一匹が他にいるようだが、そいつらも逃がさない。仲間が追跡している」


 その時、ガケの上で銃声が響いた。いや、どちらかというと大砲に近い轟音だ。直後に夜の闇が赤く輝く。先ほど鉱道内で見た炎の光に似ているが、こちらは音と震動を伴っていた。一瞬耳が利かなくなったのかと錯覚するほどの音が鳴り響く。


「爆発音!?」


「よそ見している場合か?」


 鋭いサーベルがレンを襲う。数千匹もの蜂が同時に飛びかってくるかのような怒涛の突きだ。レンは必死に防ぐが、速度が違いすぎる。


「くおォッ……!」


「加勢するぜ先輩ッ!」


 テンセイが左手を固く握りしめ、二人のもとへ走り出した。リークウェルの言葉と今の爆発から、ブルートにかまっている場合ではないと判断したのだ。

 おそらく、ノームの身にも危険が迫っている。すでに交戦しているかもしれないし、今の爆発はノームを狙ったものかもしれない。ここはレンの指示に従い、一刻も早くこの場を逃れるべきだ。


「……すでにズダボロじゃないか。その体で一体何が出来る」


 サーベルの先がレンの利き手を刺し、剣を弾き落とす。リークウェルはそのままテンセイの方へと向き直り、迫り来る拳を紙一重でかわした。そして何のためらいなく、テンセイが消火のために自らつけた、手首の傷口へ剣を突き立てたのだ。骨身が削られ、出血がさらに増加する。


「ぐッ……」


 歯を食いしばって痛みに耐え、太い足を蹴りあげる。同時に、レンが剣を拾って背後から斬りかかる。近距離からの前後同時攻撃。これは防ぎようがない。


 しかし、テンセイの足は空を蹴った。レンの攻撃も空振りとなった。リークウェルは影のように二つの攻撃をかわし、さらにレンの背後へと回り込んでいたのだ。次の一瞬にはもうレンの足首が斬られている。


(速い……だけじゃない。こっちの動きを予測されてる。百戦錬磨ってやつか)


 黒衣の死神――。出血のせいか、焦燥のせいか、テンセイにはリークウェルの姿がそう見えた。たとえ自分が万全な状態であったとしても勝てないかもしれない。という実感すら湧き上がってくる。


 テンセイの体温が、急激に冷え込んだ。

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