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第2話・急襲

 夕刻。村の中心部からやや離れた森の一画に、木で築かれた一軒の家がある。テンセイの家だ。仕事を終えて帰ってきたテンセイは、その家の窓からランプの光が漏れていることを確認し、ドアを開けた。


「ただい……」


「おかえり〜っ!」


 テンセイを出迎えたのは、幼い少女であった。

 年は6歳。淡い海色の髪に、高価そうな金細工の髪留めをつけている。この少女がテンセイの唯一の家族・コサメだ。


「ただいま、コサメ。さっそく晩飯にするか」


「うん!」


 丸く大きな瞳を輝かせ、軽い足音を立てて台所へ向かう。テンセイもあとに続く。


「コサメ。学校はどうだった?」


「楽しかったよ! あのね、フェニックスのお話きいた!」


「ほぉ」


「フェニックスはとてもスゴい力をもってて、もう何千年も生きてるんだって。そんで、他の生きものにもその力をわけられるって、先生が言ってた。……ねぇ、テンセイはフェニックス見たことある?」


「んー、ないな。実際に見たことのある奴はほとんどいないらしいぞ」


「本当にいるのかなぁ……」


 そんな会話をしながら、テンセイは料理をつくる。一人暮らしが長いので手慣れたものである。コサメはテーブルを拭く。


「あ、そうだ。ケイ君からでんごん。こんどウサギのつかまえかたおしえて……だって」


「ウサギ? あんなん走って追いかければいいんだよ」


「ウサギよりはやく走れる人はテンセイしかいないよ」


「そりゃそうだ。鍛え方が違う」


 互いに顔を見合わせ笑った。


 テンセイとコサメの間に血のつながりはない。物心つく前に両親を亡くしたコサメを、一人身のテンセイが引き取って育てているのだ。ちなみに、村長のラシアは『ついでに嫁さんももらえばいいのにのぅ……』と言っていた。


「それじゃあ今度、学校が休みの時にみんなで山に行くか。ワナの作り方ぐらいなら教えてやる」


「やった! あたしもいく!」


 コサメは無邪気な笑顔で声を弾ませる。


「それはいいが……紋は大丈夫か?」


「うん。ちゃんとかくしてるよ」


 長めの髪をたくしあげ、くるりと後ろを向き、テンセイに自分のうなじを見せる。その細い首筋には、はっきりと『紋』が刻まれていた。


「オレは紋付きじゃねぇけど……その『紋』に傷がついたらヤバイって爺様が言ってたからな。山に行くときも気をつけろよ。っつーか、首は『紋』があってもなくても、ケガしちゃいけない場所けどな」


「うん、気をつける。それじゃあ明日、ケイ君にでんごんするから」


 ケイ君とは、今朝テンセイと話していた少年である。この村の子ども達の間ではリーダーのような存在だ。


 しかし、テンセイもコサメも、彼と会うことは二度と出来なかった――。



 テンセイが異変に気づいたのは真夜中だった。ふいに不穏な空気を感じ、目を覚ましたのだ。


「なんだ? ありゃあ……」


 ベッドから上体を起こして窓を見ると、本来なら暗闇と星の光しか見えないはずの夜景が、赤黒く輝いていた。しかも、その光は地上部――村の中心地から天へ向かって昇っていた。


「火事だッ!」


 思わず大声をあげてベッドから飛び降りる。その声で、隣のベッドに寝ていたコサメも目を覚ました。


「ん……どーしたの?」


「村が火事になってんだ! しかもかなり燃え広がってる。オレは助けに行ってくるから、コサメはここで……」


 待ってろ、と言いかけて、テンセイは言葉を止めた。

 出火の原因はわからないが、この村は周囲を森に囲まれている。テンセイ達の家まで燃え広がらないとは限らない。


「やっぱりコサメも一緒に行こう。万が一の時に避難させやすいからな」


「う、うん」


 大急ぎで服を着替え、テンセイはコサメを背負って家を飛び出した。


「オレは消火作業を手伝うから、コサメは他の大人たちに避難所まで連れて行ってもらえ」


 村のはずれには大きな川があり、そこへ避難する人々がいるだろう、とテンセイは考えていた。

 しかし、それはまったくの見当違いであった。

 避難できた人間など誰もいなかったのだ。村の中心部まで辿りついたとき、二人は異様な光景を目にした。


「な……なんだよ、コレ」


 死体だ。

 これまで何度も顔を合わせ、会話を交わしていた村人たちの死体が路上に転がっていた。


 普段は豪快なことで知られるテンセイも、さすがにこの状況には背筋が凍った。悪意のある熱気が前方から吹き付けているというのに、冷たい汗が巨体を流れ落ちだしている。むろん、コサメも同じであった。


「コサメ、目ェつぶってろ。おまえは絶対に見ちゃいけない」


 死体に近づくと、ますます異様なことに気づく。村人は炎に焼かれたのでもなく、一酸化炭素などの有害物質による中毒症状でもなく、何者かによる「攻撃」によって死んでいたのだ。刃物による切り傷や銃弾のめり込んだ跡が、それを物語っていた。


「どうなってんだ? この村に銃を持ったやつなんて……」


「こっちにはいないぞ!」


「もう一度よく探せっ! あとで見落としてました、じゃあ済まされないからな!」


 ふいに男たちの声が聞こえてきた。聞きなれない、よそ者の声だ。その声に殺気があることをテンセイは本能で感じた。


「コサメ、隠れるぞ」


 コサメを背負ったまま近くの民家へ入る。その直後、複数の荒い足音が二人の潜む民家の前に到着した。


「今、このあたりに人影があったような……」


「徹底的に探索しろ。この村のどこかにいるはずだ。森にも火を放ったから逃げ場はどこにもない」


(コイツら……どこかの軍隊か……?)


 返り血のついた軍服姿の男たちの手に銃が握られているのを、テンセイは窓の陰から確認した。

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