表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/276

第196話・半分

 宇宙が見えた。唐突に何を言い出すのかと不審に思われるだろうが、この時リークウェルが感じたものを短く表現するとこうなる。宇宙。即ち、それが存在していることは誰もが知っているが、実際にそこへ行った者は誰もいない世界が見えた。


 ようやく痛みが麻痺してきたが、今度は一斉に全ての感覚が消え失せた。何も見えないが、完全な暗闇ではないような気がする。何も聞こえないが、激しく音が飛び交っているような気がする。何も触っていないが、全身が塵のような物に覆われている気がする。まるで記憶の抽斗を全てひっくり返し、中身をグチャグチャにかき混ぜられているかのようだ。過去に体験してきたあらゆる感覚が再現され、あまりに混ざりすぎて無色透明と化している。


 白い空間の中にいる、かと思えば、次の瞬間には黒い空間に包まれている。前振りもなしに、いきなり感覚が一つだけ戻った。


(熱い)


 熱い。火で炙った鉄棒を押し当てられるのに似た、痺れを伴う熱さが襲ってくる。脳まで焼けただれてしまいそうだ。熱い。熱い。熱い。


(……冷たい)


 一転して、背中にヒヤリとした冷たさを感じた。風に髪が揺らされ、皮膚についた汗が流れ落ちていく。宇宙への旅路から現実へと帰還したらしい。だが、リークウェルはすぐに自分の置かれた状況が現実なのか判断できなかった。


「まだ生きてっぞ。寝るな」


 不快極まりない声が耳に飛び込んできた。反射的に目蓋が開く。が、目を開いてすぐに映った景色は、さっきまでの宇宙と大差なかった。闇と光がまだらに入り混じっている。徐々に視界がハッキリしてきて、それが夜闇を背景に蝶が舞っている様子だと理解できた。同時に自分が生きていて、地面に仰向けに倒れていることも理解した。土の冷たさが背筋を冷やしている。



「あのなァ」


 すぐ近くで声がため息をついた。


「オレだって、それなりに死線をくぐって来てんだ。自分の弱点もわかってるつもりだ。転送した直後に隙があることも知ってた。だから対策もちゃんと用意してたってのに、てめぇが余計なことするから反応が遅れちまったじゃあねーか」


 焦げ臭いにおいが鼻についた。荒々しいが、どこか懐かしいにおいだった。そうだ、確かにこのにおいは知っている。


「ダグ……」


 絞るような声で、仲間の名を呼んだ。


「だぁーかーら。ソイツはまだここまで到着してねぇ。あともうちょっとだとは思うけどよ。あの爆弾は借りて持ってきただけだ。いっぺんに何個もは持てねぇから、残り二つしかねぇけどな」


 龍の形をしていたはずの蝶が、あたりの散乱している。リークウェルは、自分が宇宙にいる間に現実世界で何が起こったのかをおぼろげに把握した。


 ユタの風でなくとも、蝶を吹き飛ばす手段はあった、ダグラスの爆弾だ。爆発の衝撃に伴う爆風は、龍の形を崩すに足りるエネルギーを持っていた。ノームはダグラスから爆弾を借り、とっておきの隠し玉のつもりで懐に忍ばせていたらしい。素早く移動ができなくなる隙を補うため、接近してくる龍の鼻先で爆発させる予定だったが、リークウェルが間に割り込んだことでタイミングを外してしまったのだろう。


「ああ、クソ痛ぇ。マジで危なっかしいな、こいつの能力」


 顔を横に倒すと、ノームが片膝をついてリークウェルの方を見ていた。その左腕や肩に、蝶が触れたらしき傷痕が残っている。右腕は、どうやらリークウェルの襟首を掴んでいるようだ。


 結果として二度もノームに救われたことになる。もはや自分で自分を許せない状況だが、今のリークウェルにはそんな余裕などなかった。


「お前が持ってるフェニックスの力ってのがどれぐらいの再生力なのか知らねぇけどよォ、少なくともしばらくお前は戦えねぇぞ。いくらなんでもその体じゃあな」


 言われて、ようやく自分の容態を知る気になった。ヒジをついて上体を起こそうとするが、なぜか上手くいかない。妙に体が軽いのも気になった。時間感覚も痛みの感覚も吹き飛んでしまったため正確にはわからないが、両足の足首から下は確実に消滅しているだろうと思った。


「見ねぇ方がいいぞ」


 ノームに忠告されるが、無視する。誰に何と言われようとも自分の目で確かめなければならない。どうにか上体を持ち上げ、首を曲げて己の脚を見た。


(……ああ)


 脚は見えなかった。と言うより、なかった。強いて言えば大腿部の半分までは残っていたが、そこから先はどこんも見当たらなかった。左右両方の脚がほぼ同程度の損傷を受けていたのは、単なる偶然だろう。


「……綺麗に、足並みが揃ったな」


「上手くねぇよ」


 出血は止まっていた。無意識のうちにフェニックスが勝手に治療してくれたらしい。が、すぐに両足を再生するには体力を消耗しすぎている。


 再び空を見上げると、散らばった蝶達が再び龍の形を形成しつつあった。さらに、残り二匹の龍が空中を旋回しながら迫ってくるのも見えた。地面にはノームが自分の体を引きずって移動させた形跡が残っていた。一匹の龍を爆破した後、二匹の龍の突進も回避していたらしい。


 背を向けているため、アフディテの姿は視界に入らない。そちらを振り向こうとしても、半分になった体を操るのは容易ではなかった。


「ボケッとしてる場合じゃないな。ホレ、行くぞ」


 突然、体を持ち上げられた。瞬く間に視界がひっくり返り、龍の代わりにアフディテの姿が映った。


「何をしている」


「決まってっだろ。お前をこのまま置いとくわけにはいかねぇから、背負ってやるんだよ」


「フザけ……」


「侮辱するなってか? でもお前、ここで死んじゃダメなんだろ」


 軽くなった肉体は、アッサリとノームの背に担がれた。怒りの炎が燃え上がりそうになる。が、すぐにその熱は収まった。


 復讐の対象者に見られている場所で死ぬ方が、よっぽど屈辱的だ。


「後はオレに任せろ。……相手が女の子なんでちょいと油断してたが、その傷見てオレも火ィついたぜ」


 リークウェルを背負い、ノームがアフディテと対峙する。アフディテの顔には、まだかすかに笑みが残っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ