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第194話・暗がりの陽

「おいおいおいおいおぉ〜い、また増えんのかよ」


 ノームが呆れた声を出す。わざわざムジナを介してしゃべっているのだから、おそらくリークウェルに聞かせて同意を得たいのだろう。それがわかったからリークウェルは無視した。


「あんな化け物を三匹同時に操るなんて、大した精神力っつーか溢れる才能っつーか? 反則すぎるだろーよォ。オレの『紋』との差が凄まじいな」


 そんな愚痴を聞かされても面白くもなんともない。それより、リークウェルには気にかかることがあった。


(あの女、なぜ蝶を龍の形に留める? これほどの数を精密に操れるのなら、もっと別の……たとえば、それこそ巨大な壁をつくってオレを閉じ込めればいいだけの話だ。龍が増えた事で接近はより難しくなったが、回避に集中している分にはまだ問題ない)


 ふと、長期戦に挑むつもりなのでは、と考えた。だがその浅はかな意見はすぐに否定した。確かにリークウェルは体力を消耗しつつあるが、アフディテにしても『紋』の能力を酷使し続ければ消耗するのは同じだ。ダグラスやウシャスの援軍が近づいてきていることやユタがじきに目を覚ますことも考慮すれば、ますます長期戦のデメリットは大きくなる。


 龍の形に何か意味があるのか、それともタイミングを見て壁状に変形させるつもりなのか。真意は知りようがない。とにかく今出来るベストを尽くすことに決めた。


 先に現れていた二匹の龍は、交互に体当たりを仕掛けながら地中と空中を行き来している。新たに出された三匹目の龍は、地表を這うようにして前後から突進してくる。それ以外に特別な変化は見せない。三匹の連係はリークウェルやムジナの足止めとしての機能は果たしているが、致命傷を負わせるような攻撃ではない。


(オレにはアドニスから奪った鉄輪がある。龍の突進に合わせてこいつで蹴りを食らわせればかなりの跳躍が出来る。それはさっき一度やって成功した。だが、着地点に罠を仕掛けられているとマズいことも証明された。それに空中では身動きが取れない)


 跳躍をするなら、その一回で確実にアフディテを攻撃出来る位置まで接近できる算段がついた時だけだ。


 傍らで同じように龍を避け続けているムジナのことは少しも考慮しない。何も期待しない。全て自分の手でケリをつけたいからだ。アフディテがサダムの娘ならば、それだけで因縁は十分だ。足を引っ張るようなマネさえされなければ問題ない。


 時折、蝶を操るアフディテと視線がぶつかり合う。互いに相手を倒そうと対峙しているのだから目が合うのは当然だが、その視線になんとも奇妙な違和感があった。


(笑っている。こんな時に笑っていやがる。余裕のつもりなのか、オレを翻弄して遊んでいるつもりなのか。……どちらも違うな。あいつの肉体から放たれている闘気は本物だ。本気で戦っている)


 戦いの最中に笑う者など、リークウェルは今まで見たことがなかった。『フラッド』が無力な敵を一方的に打ちのめす時などにユタやダグラスは笑っていたが、あれは戦いと呼ぶにはほど遠い”狩り”であった。互いに実力が拮抗したギリギリの戦いの中で笑えっている者など、一人も――。


 いや、いや、一人だけいた。それはたった今(しかし、もう何年も昔のことのように感じる)剣を合わせた男。今はふんぞり返って見物している男、サダムだ。リークウェルとサダムの戦いはすぐに中断されたが、その瞬間サダムは笑っていた。嘲笑のつもりではなく、血で血を洗う戦いを心から楽しんでいるような笑いだった。


(鬼の子は鬼、か。どの道こいつを倒せないようではサダムには勝てないということだな)


 逆に、アフディテに勝てば大いな自信に繋がる。だからノームには譲れない。


「うおっ!」


 後方から間抜けな声が聞こえる。ノーム本体だろう。ノームは自分自身も多少すばしっこいとはいえ、所詮は素人あがりな上に蝶を防げる鉄輪も持っていない。牽制程度の突進すらも回避が難しくなってきたのだろう。


 と、なるとノームはどうするか。答えは一つしかない。


(……ふん。無視しようと思ったが、利用は出来るな。あいつには手を出させないが道具代わりには使わせてもらおう)


 リークウェルの脳裏に、勝利へ向かう道筋が組み立てられていく。この策が成功すれば、一気にアフディテに接近できる。接近した次の瞬間にはサーベルをあの白い肌へ突き立てることが出来るだろう。そして、その時にはノームは死んでいる可能性が高い。


(悪いな、とは思わない。自ら戦場に飛び込んだ以上、何が起きても覚悟の上だろう)


「うおおおッ!」


 ノームが叫ぶ。足元の地面が崩された拍子に体勢を崩し、そこに上空から龍が迫ってきているところだった。だが、この龍の攻撃は失敗する。大きく広げられた龍の口に呑み込まれる瞬間、ノームの姿が消えた。蝶の力で消されたのではない。自らの『紋』を使って消えたのだ。


「へっ、ギリセーフ……」


 ムジナの小さな体からノームの頭が現れる。首、肩、胸、と次々にパーツが現れ、全身が出現するまで一秒もかからなかった。危機を免れたノームの顔にはかすかな満足感が浮かんでいたが、すぐに顔色が変わった。細い目を丸くし、口は動いたがとっさの事に言葉が出ないようだった。


 アフディテが出した三匹目の龍は、この瞬間にムジナを狙っていた。ノームが能力を使ってムジナへ移動するこの一瞬を待っていたのだ。ムジナだけならば龍の突進を回避することは簡単だ。だが、たった今移動してきたばかりのノームは、体勢を整えて動き出すまでに若干の隙がある。そこに龍が背後から突っ込んでいく。


「くっ!」


 思わずノームはナイフを構える。その行為に何の意味もないことは誰の目にも明らかだ。


「相手が多数存在する場合、潰し易い場所から叩くのが定石だ。この場合は移動の際に無防備となるノーム。この時、女の意識はノームへ集中する。そこがオレの突破口だ!」


 龍がノームの眼前にまで迫る。その間に、リークウェルが身を割り込ませた。

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