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第191話・龍の背を駆ける影

「何やってんだ? オイ。こんな時に妙な格好しやがって」


 ノームがムジナの口を介してしゃべる。


「うるさい。オレはオレのやり方であの女を仕留める。貴様も勝手にやれ」


 リークウェルは無愛想に返す。だが妙な格好と言われたことは否定できない。ズボンの片脚が膝のあたりで途切れ、裸足になった右足に糸で鉄輪をくくりつけているのだから。鉄輪は正常な左足にも装着されており、足の裏で蝶を踏めるようになっていた。


 無論、この鉄輪がアフディテの蝶を無効化する唯一の手段であることをノームは知らない。


「けっ、オレはあの赤髪の男が地面に落ちる直前にこの場所へ到着したんだがよォ、その男の体の蝶に触れた部分が削れてなくなっていった。あの蝶に触れるのはヤバいってことはわかってるぜ。だがお前が何か知ってるんならもっと情報をくれ」


 ノームはあくまでも共同戦線の意思を示す。が、リークウェルは頑として聞き入れない。ダグラスが爆弾を貸したと聞いても、完全に信用するわけにはいかなかった。


「……」


「ち、だんまりかよ。けど蝶に触れなきゃいいってのがわかってりゃ策はあるぜ。こういった網を掻い潜るのはオレの十八番だからな。そうだ、考えた。お前が囮になってその隙にオレがあの娘に接近して気絶させる。完璧だろ」


 反発心からか、ノームは無駄な口数が増える。リークウェルは全く反応を見せない。ただ黙って一歩踏み出した。


(あの蝶に鉄輪以外の部分が触れるのは危険だ。オレの持つフェニックスの再生能力も、短時間に何度も使用すると肉体に多大な負荷がかかる。これ以上深手を負うことは避けたいところだな……)


 ならば、自分の持ち味を最大限に活かすしかない。アフディテを遥かに上回っている要素。それはスピードだ。


 リークウェルは再生したばかりの足で地を蹴り、アフディテへ向かって駆け出した。ノームの手を借りるつもりなど毛頭ない。アフディテは周囲に蝶の壁を築きつつあるが、こちらの姿を視認するために必ず隙間を残しておくはずだ。その隙間からサーベルを叩き込む策だった。


「あ、オイてめぇ! 待ちやがれ!」


 ノームが叫ぶ。しかし、後は追わない。ノームにとってアフディテの『紋』は未知の部分が多すぎるからだ。


(この期に及んで”気絶させる”なんて甘い発想が出る男なぞ、誰が信用するか)


「てめぇ、この嬢ちゃん置いてくのかよ!?」


(あの女はユタを狙わない。それは直感でわかる。あの女の目は、気絶した相手に追い討ちをかけるような目じゃあない)


 数匹の蝶がリークウェルへ襲い掛かるが、その軌道はすでに見切っている。身を左右に振り、最小限の動作で蝶の突進をかわしていく。多少蝶の動作が速くなっていても十分に対応できた。


「そう、あなたは近づいてくる。あなたは飛び道具を使わない人。だったらそれに合わせるだけ……」


 アフディテはつぶやいた。


 アフディテの周囲を思い思いのペースで飛び、囲んでいた蝶たちが、タイミングを揃えて一斉に動き始めた。渦を巻くように旋回し、さらに新しく『紋』から放出された蝶がそれに加わっていく。アフディテの戦意を反映し、防衛のためではなく攻撃のための形態を取る。


(これはっ!)


 それは、淡い橙の光を放つ龍の姿であった。胴の太さ一メートルはあろうかという巨大な蛇の体に、鋭い牙と角を備えた首がついている。人間一人など容易く丸呑みしてしまいそうな気迫だが、呑み込むまでもなくその体表に触れただけで命を消し去れる破壊の龍だ。


「さっきの蝶は牽制。ここからが本番……」


 アフディテの命令とともに、龍が戦慄(わなな)いた。舌や肺があるわけではないので実際に鳴き声をあげているわけではないが、巨大なエネルギーの塊が放つ気迫は架空の声を感じさせた。


「行って」


 龍が口を開き、リークウェルへ正面から向かっていく。とっさにリークウェルは跳び、開かれた口を越えて足裏の鉄輪で龍の背を踏みつけた。そのまま背中の上を走ってアフディテの元へ……行きたかったのだが、相手はただの龍ではない。リークウェルが踏もうとした背の一部が急激に膨れ上がり、牙をむいた。


「ぐっ!」


 龍を構成している蝶を細かく操作させれば、自在にその姿を変化させることが出来る。龍の背がふたつに分かれ、切れ目から新たな口が現れた。一匹の龍が二匹に分裂した格好だ。


 足場を崩され、リークウェルは地面に降り立たざるをえなくなった。二匹の龍が前後から同時に迫る。かろうじて軌道を見切り回避はできたが、アフディテへ向かって進む事は困難になった。単純に素早さを比べれば二匹の龍などより遥かにリークウェルが上だ。しかし、龍はリークウェルを中心とした円を描くように飛び、タイミングを計って突撃してくる。二匹のコンビネーションは完璧だ。操っている人間が一人なのだから当然なのかもしれないが、逆に言うなら一人で二つの強大なエネルギーを操作できるほどにアフディテが成長していることを示している。


「この程度でオレを拘束したつもりか? 今更お前が本気を出したところで、戦闘経験の不足は圧倒的に不利だぞ」


 片方の龍が背後から襲い掛かる。リークウェルは感覚でそれを察知し、龍の鼻面へ蹴りを入れた。無論、ダメージを与えるのではなく足裏の鉄輪でガードするためだ。ただガードしただけではない。蹴りの反動と龍の突進の勢いを利用し、強く弾き飛ばされることが目的だった。もう片方の龍はリークウェルの正面で停止していたが、その頭上をも軽々と飛び越えることに成功した。


 龍の包囲を突破すれば、アフディテまでの距離はほんの十メートル足らずだ。石を拾って投げつけるだけでもダメージを与えられる距離。攻撃に専念するためか、アフディテの周囲を護衛する蝶の数は少ない。


(もらった……。後ろから龍が追ってこようが、追いつかれる前にヤツを仕留められる)


 あくまでもリークウェルは接近戦に持ち込もうとする。足が地面に着くと同時に走り出すつもりでいた。一瞬の遅れも生じさせないため、足に力をこめる。そして鉄輪が土に触れた瞬間に力を解放する。


 だが、足で放った力はリ−クウェルの体を押さなかった。力は地面へと吸い込まれていった。地面が崩壊したのだと気づいたが、バランスを失った体はすぐには命令を受け付けなかった。

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