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第184話・無粋な悪

 この世界のなによりも汚らわしい白――。下卑た笑い声をあげる二つの達磨だるま。どこを見ても、幼少の記憶と相違ない。白衣だけは洗いたてのようにシミ一つついていないが、それを着ている本人から発せられる邪気のせいで薄汚く見える。漆黒に色塗られた悪魔の体表のほうがよっぽど綺麗だ。


「サナギ……サナミ……ッ!」


 聞こえるように言葉を飛ばしても、常人と異なる脳構造をした科学者は受け入れない。年老いてなお野望と好奇心に満ちた眼差しをサダムに向け、例の不愉快な言葉使いで話しかけている。


「クケ、クケ、ケ。さぁさぁ、王様」


「早くベールの背中に、に、乗ってくだされ。今こそあの場所へ! 一番乗り、乗り、でたどり着くべきですぞ」


 この科学者たちは、興味の向かないことは徹底して無視することが出来るらしい。元々歪んでいた性格は長年の習慣によりますます悪化している。フェニックスの恩恵とは別の意味で、常人と一線を画すモンスター。しかもそれが二人もいるのだから不気味さも倍だ。


 そんな二人に間近で話しかけられて、なおも笑顔でいられるのはサダムぐらいであろう。


「焦るでないサナギよ。今これからが戦の正念場ぞ。余がこれを見届けずしていられるか」


「クケェ、ケケ。そう固いことをおっしゃらず、ず、さっさと先に行きましょうぞ。目標はホラ! すぐ、すぐ目の前ではありませぬか」


「まどろっこしい、しい、ハエ退治は部下に任せて、せて!」


 ハエ退治、ときた。いつの間にやらモルモットからハエに降格されている。サナギにとってかつての実験体など興味の欠片もないのだろう。魔王の化身とも言うべきあの男に出会った瞬間から、サナギはリークウェル達を見限った。


 もしも六年前、この島を訪れた際、リークウェル達がサナギの元から逃げださなかったら……。きっと、死と隣り合わせの生活になっていたに違いない。サナギの最大の興味はベールの改造に移行していた。その分リークウェル達への人体実験は少なくなるだろうが、それはつまり存在価値の低下を意味する。それまでは最低限命の保証だけはされていたが、それすらもなくなるのだ。いつ殺されてもおかしくない暗黒の日々。今の年齢になるまで生きていられなかったかもしれない。


(あのゲス野郎を生かしてはならない。宗教や法律を知らないオレたちでも、奴は”悪”だとわかる。他者を平気で踏みにじり、自分さえ笑っていられれば良いという外道。一分一秒でも長くこの世に存在させてはならない)


 そもそも『フラッド』の最終目標は、サナギとサナミを殺害することだった。復讐を果たし、過去の苦渋を捨て去ることこそが人生の目的であった。そのためには将軍や王を先に倒さなければならないと思っていたのだが。


(今! オレの目の前に奴らがいる!)


 そう思った瞬間には足が地を蹴っていた。殺意の闘気を身にまとい、一直線にサナギの元へ走る。サダムが接近に気づき、アゴで示した。それを見てようやくサナギとサナミがリークウェルを振り向いた。


「クケ、邪魔が、邪魔が入っちまうよ。ベール!」


 サナミの声とともに、ベールが羽ばたいた。巨大な翼は一回の上下運動で風を生み出し、巨体を地表面から離していく。リークウェルがいくら突進しようとそもそも距離がありすぎた。蝶の群れをくぐり抜け、水平距離にしてあと数十メートルというところに来たとき、科学者を乗せたベールは手の届かぬ高さからリークウェルを睨みつけていた。


「クケケ。リークウェル・ガルファぁぁあああ。もうお前たちの、の、出番は終わったんだよ!」


「出来そこないの役立たずめ、め! 育ての親に刃を、を、向けるな!」


 育ての親。これほど『フラッド』の神経を逆なでする言葉があるだろうか。だが空中を攻撃する手段はない。蝶を階段にして登ることも考えたが、さすがにそれは用心しているのか、蝶の群れには近づこうとしない。小石を拾って投げたところでベールの体表に弾き返されるのが関の山だ。


 しかし、ベールはもう一度地表に近付いてくるはずだ。なぜならサダムが地の上に残っているからだ。サナギとサナミだけでフェニックスの力に近付いても意味はない。未知の力に正面から対抗し、自らのものとすることが出来るのは、すでにフェニックスの力を持っている者だけだ。サダムを乗せるためにもう一度近づいてくる。その時が狙い目だ。


「まったく、勝手よのう。子どものようにはしゃぎよって」


 サダムは微動だにしていない。巨大な剣を地面に突き刺して立て、自身は木に背を預けたままの姿勢でいる。リークウェルが接近してきてもなお両腕を胸の前で組み、剣を握ろうとしたり素手で戦うような気配はない。圧倒的な存在感を放ってはいるが殺気や闘志は表に出していない。


「嘆かわしいのう。戦いを汚す無粋者がおると。……ぬしもそう思わんか?」


 サダムの言葉はリークウェルに向けられている。リークウェルは答えない。が、すぐに距離を詰めて攻撃する覚悟は出来ていた。


「王様! 早く、く、ベールに乗ってくだされ!」


「そんな奴とっとと斬り捨てて、て、塔の最上階へ!」


 サナギたちがわめく。それでもサダムは動かない。


「ふん。ぬしが余を睨んでおる限り、奴らも先には進めぬな。じゃが余はぬしに手を出さん。あくまでもアレに任せておるからの」


 アフディテはまだ顔を押さえてうずくまっている。ベールは空を旋回し、サナギとサナミが叫ぶ。一種のこう着状態であった。誰かが動けば状況が急速に回転するが、誰もうかつには動けない。


 だがこう着はすぐに破られた。突如発生した轟音が沈黙を打ち消したのだ。


「うぎッひあァアアア!?」


 間抜けな悲鳴が響く。声をあげたのはサナギだ。リークウェルが視線をやると、ベールの翼に第二、第三の爆撃が命中したところであった。


 ぐおおおお……。ベールが呻き、翼をたたんで高度を下げ始る。そしてリークウェルからかなり距離を取った位置に着地した。


「ダグ……。ダグか! やっと追いついたか!」


 リークウェルは素早く周囲に視線をやった。が、ダグラスの姿は見えない。代わりに森の木から小さな影が飛び出し、リークウェルの足元へ走り寄って来た。


「そいつとオッサン達はもう少し後でくる。とりあえずオレだけ先行させてもらったぜ」


 影が、リークウェルを見上げてしゃべった。

今回も「晴れノチ」のご愛読ありがとうございます。


先日の7月31日、本作「晴れノチ」が連載一周年を迎えました。

皆様からの温かい励ましのメッセージや評価・感想に助けられた1年でした。

まだまだこれからも精進していきたいと思っておりますので、なにとぞ応援よろしくお願いいたします。


徳山ノガタでした。

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