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第180話・完成した形

 蝶が揺れている。アドニスの目にはそう映った。アフディテの生み出す蝶は羽ばたいているため静止している状態でも常に上下に揺れているが、それだけでない。蝶の群れ全体が落ち着きなくざわめいている。


(そろそろマズいですね……)


 リークウェルに悟られぬよう、チラリと視線を落とす。蝶の壁を透かして見え隠れするアフディテは、元々白かった顔がますます蒼白になっていた。規模の大きい能力ほど持ち主の体力を激しく消耗させる。体を鍛えていないアフディテは早くも疲労を感じているだろう。『紋』を持たないアドニスは実感できないが、あまり勝負を長引かせるべきではないことは痛く理解している。


(仕留めきれなかったとは言え、あの様子ではユタはすぐには戦えないでしょう。……復活するまでにどのぐらいかかります? 一分か、もっと短いか、長いか。まるで見当がつかない。早くリークウェルを倒してトドメを刺さねば)


 指のワイヤーを素早く付け替える。ユタに刺した鉄輪に繋がっていたものを外し、新たに取り出した鉄輪のワイヤーを指輪に装着した。リークウェルはワイヤーの存在に気付いているのだ。先に投げた鉄輪の方から逆にワイヤーを引っ張られては困る。


 全ての準備は完了した。後は実行に移すのみ。


「行きますよアフディテ! 残るはリークウェル一人ですッ!」


 励ましの言葉を放ち、アドニスは飛翔した。可能な限り自分の姿が蝶に紛れるように、そして配置した鉄輪の反射で常にリークウェルの位置を把握出来る位置へ。


「ハッ!」


 気迫を込めて両腕を交差させ、その勢いに乗せて鉄輪を左右へ投げる。蝶の隙間に鉄輪を駆け抜けさせ、とある地点まで行ったところでワイヤーを引いた。繊細さ見かけ以上の握力を持ち合わせた指が巧みに動き、飛び交う蝶にワイヤーを引っかける。それに合わせて鉄輪の軌道も変わる。


 鉄輪が飛ぶのと並行して、蝶の群れもまた攻撃を開始していた。リークウェルへ襲いかかる光のカーテンは、速度こそ大したことないものの、その威力を思えば十分な迫力を持っている。だが、津波とは少し動作が異なる。蝶は『紋付き』であるアフディテの肉体を中心に展開されており、アフディテが地面に立っているため、地表近くの蝶が最もリークウェルに近い。そして上層の蝶ほどリークウェルからの距離も遠い。


「それでいい。やっと来たな」


 リークウェルがつぶやき、ユタを抱いたまま跳躍して鉄輪を回避した。だが目前にまで蝶が迫っている。


 アドニスは叫んだ。


「やはり、貴方は私の鉄輪を完全に見切っているようですね。ですが、いくら素早くともこの群れから脱することは不可能です! 蝶を掻い潜ることに専念すればすかさず私の鉄輪が貴方の喉笛を断ち切ります!」


「ああ、お前たち二人の攻撃を同時に受けては、オレも全ては回避できない。だから一つずつ潰すことにした」


 上下層の蝶の距離差は実際にはごくわずかなものであったが、リークウェルにとっては十分な隙であった。


 リークウェルが地を蹴る。ユタを抱いたままであるにも関わらず、風のように俊敏だ。跳躍した先はあろうことか、向かってくる蝶の真正面であった。確かにアドニスやアフディテに接近する最速のルートであるが、群れに中央に突っ込んでは瞬く間に肉体を削り取られてしまう。


(一か八かの特攻ですか? 追い詰められて血迷いましたね。さすがの『フラッド』もこの状況では……)


 勝利を確信しかけたアドニスの表情が、次の瞬間石のように固まった。


 リークウェルの足は地面に着地しない。蝶に砕かれてもいない。蝶を踏みつけて宙に立っていた。アドニスと同じ状況だ。そして、蝶の群れを階段に見立てて駆け上ってくる。


「これは……。小細工のお返しというわけですか」


 ついに、リークウェルはアドニスと同じ目線の高さにまで登りつめた。蝶に触れるのは靴の裏だけで、それ以外の部分はかすりもさせていなかった。直接見えずとも、アドニスにはリークウェルが靴の裏に何を仕込んだのかがわかった。鉄輪だ。ユタの首に刺さった鉄輪を、リークウェルは靴にくくりつけているのだ。


「最初の小細工に気づいた後、すぐにこっちも理解できた。この鉄輪とワイヤー、それに貴様の靴だけは蝶に触れても破壊されないからな。だったらこの鉄輪を使わせてもらうだけだ」


「……御明察。この蝶はほとんどの物体を粉微塵に破壊しますが、ある一定以上の強度を持つ物質には全く効果がありません。とは言っても、その条件をクリアできる物質はこの鉄輪の原料であるオリハルコンぐらいです」


 オリハルコン。この世界の存在する鉱物の中で最も強度の高い物質だ。


「ですが、それだけで勝てるとでも? そのお嬢様を抱いている限り、貴方は剣を抜くことすら出来ないのですよ」


 アドニスの言葉は正しい。テンセイのような巨漢ならともかく、人間一人を抱いたまま戦うなど論外だ。背中に負いもせず両手で抱えているとあらば尚更である。


「構わん。タネの割れた貴様ごとき、剣を抜くほどでもない」


(何と傲慢な……)


 アドニスがリークウェルに隠している小細工は、もうない。だが全ての小細工がバレる前にユタを戦力外にやっただけで十分だ。もちろん、リークウェルがユタをどこかに安置しようものなら、アドニスは迷わずユタにトドメを刺すつもりだった。


「剣を持たず、両手を塞いだまま私を倒せるとでも? 貴方を倒すための策はすでに”完成”しています。貴方がここまで登って来たというイレギュラーがあったとしても、この状況がすでに完成形なのです」


「完成? ああ、これ以上策を使わずとも勝てる状況という意味か。なら、オレも言わせてもらおう」


 アドニスは鉄輪を構える。接近戦では分が悪いが、リークウェルの動作は先ほどよりも鈍っているはずだ。ユタを庇いなければ戦わねばならないのだから動作は制限される。


 しかし、リークウェルは冷ややか視線でアドニスを睨み、静かに言った。


「オレの方も”完成”だ。ここまで来れば、もうオレに負けはない」

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