表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/276

第179話・命を抱いて

 リークウェルは走った。最優先を捻じ曲げ、ユタの方へ向かった。そうしなければならないと脳が命令し、肉体が従った。


 蝶の群れが襲ってくる。風が止まったことで動作が正常に戻ったようだが、元々の移動速度は大して速くない。全力で走るリークウェルに追い付けるほどのスピードは出せないらしい。リークウェルは横や背後からの蝶を無視し、前方に立ちはだかる蝶もサーベルで防ぐことは避け、小石を投げて弾いた。小石はすぐに分解されて粉と消えたが、蝶を退かすことは出来た。


「行かせませんよリークウェル! あなたが彼女と再会するのは黄泉に落ちた後です!」


 アドニスの声と、鉄輪が後方から迫ってくる。こちらはリークウェルが走るよりも早い。だが振り向かずとも大凡の軌道は読めた。サーベルを振るえば確かな手応えを感じ、金属を弾く音が響く。そしてさらに進む。


 ユタは重傷だ。即死こそ免れたものの、このまま放っておけば数分も持たない。緊急の治療を要する。そのためにはリークウェルがユタへ接近しなければならない。


「刃を抜くなユタ! 下手に動かすと傷が酷くなるッ!」


 蝶の群れを脱出し、一直線にユタの元へ向かう。ユタは何かをしゃべろうと唇を震わせているが、声は出ていない。指先で鉄輪をつまみ取ろうとしていたのを抑止されたためか、両手をダラリと下げて訴えるようにリークウェルを見返している。


(意識はあるな。待ってろ、すぐに治してやる)


 地面を蹴り、進行方向をわずかに変えた。その一瞬後、空気を縦に割りつつ鉄輪が地へ突き刺さった。鉄輪は背後からだけでなく頭上や横からも飛んでくる。それはすでに見抜いていた。


 筋肉を限界まで躍動させる。呼吸が荒れるのも構わない。ほんの少しでも早くたどり着かねばならない。最後の数歩はほとんど飛ぶに近い状態だった。ようやくユタにたどり着き、サーベルを腰に差して両手を空け、小さな体を抱きかかえた。だが敵の攻撃は止まらない。


「ユタ! キツネを動かせるか!?」


 耳に顔を近づけて聞いたが、ユタの表情は変わらない。残っていた意識が消えかけているようだ。


「クソッ!」


 安全を確保する余裕はない。左右から迫って来た鉄輪を回避し、塔の裏側へ回り込むように移動し始めた。おそらく蝶の群れもゆっくりと近付いてきている。


 移動しながら治療しなければならない。ユタの首に刺さった鉄輪を引き抜き、すぐさま肉の裂け目に手を当てた。そして『紋』に意識を集中させ、フェニックスの力を指先に集める。指先に白い炎が宿り、ユタの肉体へと移っていく。治療法はただこれだけだ。自分自身の傷を治すのならほぼ一瞬で終了するが、他者を治療するには少々時間がかかる。


(とりあえず最低限の治療は済ませた。このまま死亡することはないが、万全に戦えるようになるまではまだ少し時間を要する)


 リークウェルが持つのはフェニックスの欠片にすぎず、故に治療の能力も低い(治療を出来るというだけで十分強力なのだが)。コサメの場合は肉体の成長とともにその能力も強まり、いまや直接触れずとも対象を治療することが出来、しかもリークウェルより遥かに短時間で済ませることが可能なのだ。


 ならば、より強大なフェニックスを持つ者の場合は、どうか。もしこの場で敵のアドニスやアフディテを倒したとしても、即座に”再生”されてしまうのでは。……などと、リークウェルは少しも考えなかった。考えるほどの余裕すらなかった。


「おや、隠れたならばどこまでも追い回すつもりでしたが。諦めてくださいましたか?」


 蝶の群れの上から、アドニスが言葉を落としてきた。リークウェルはユタを抱いたまま、再び塔の前へ戻ってきたのだ。


「貴様らをさっさと片付けなければ、ゆっくり治療に専念できないんでな」


 これも理由の一つだが、それだけではない。エルナとジェラートの居場所をサダムに知られている(かもしれない)以上、その二人を置いて遠くまで逃げることは出来ないのだ。


「リク……」


 ユタがか細い声をあげ、リークウェルを見つめる。なんとか声を出せるまでにはなったようだが、戦える状態ではない。


「まだ動くな。オレがあの二人をやる」


「でも……」


「安心しろ。これまでのやり取りで大体の戦略は見えてきた」


「えっ」


 改めて敵の二人を観察する。アドニスは高所をキープし、逆にアフディテは地表に立ったまま蝶の壁に隠れている。その蝶は、ますます数を増やし、密度をも増していた。


「アドニスが使っているのは、結局ただの小細工だ。それを可能としている目は立派だがな」


「目?」


「ああ。アイツはかなり夜目が利くようだ。それが『紋』による能力なのか訓練で身につけた実力なのかはわからないがな。その目と鉄輪を自在に操る器用さがアイツの強みだ。逆にそれ以外は大したことない」


 夜闇の背景に輝く蝶が舞い、合図次第で一斉に飛びかかろうと待ち構えている。無数の光の粒が舞っている様はじっと見つめていると気分が悪くなってしまいそうだが、それでもよく目を凝らして見ると、所々に輝き方の異なる光を発見できる。リークウェルはその正体を完全に看破した。


「鉄輪だ。あの鉄輪はただ鋭いだけでなく、鏡のように光を反射する。アイツは蝶の群れの中に鏡代わりの鉄輪を配置し、それが反射する景色を見て死角の状況を把握していたんだ」


「そーいえば……」


「小細工はもう一つある。……鏡を逆に利用してハメるというのも面白いが、それよりこっちを利用してやった方が楽に済みそうだ」


「何それ?」


 それ以上は説明しなかった。が、その代わりに一言だけ付け加えた。


「少しだけ寝ていろ。目を覚ますころには終わらせておく」


「……うん」


 蝶が迫ってくる。触れただけで身を砕かれる破壊の塊が。しかし、ユタは安心して目蓋を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ