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第172話・魁

 ダグラスとテンセイの戦いが終結したのは、夜明けを迎えるおよそ二時間前のことであった。それとほぼ平行した時間に、『フラッド』の四人は目的地に到着していた。正確に言うならば、目的地の足元に。


「ここだ。この頂上から、フェニックスの力を感じる」


「頂上って……マジ?」


 たどり着いたのは、サイシャの象徴(シンボル)ともいえる至天の塔。かつてテンセイとヒサメ、それにベールが生活していた居住区の扉に、リークウェルがそっと手を触れた。


「ああ。ここに来る途中までは水平方向にしか力を感じなかったが、この塔に近付いて急に向きが変った。最頂上なのかはわからないが、とにかく上の方だ。しかもかなり遠い」


「ん〜……」


 リークウェルの背後で、ユタが小さなうめき声をあげた。ダグラスを除けば、『フラッド』の中で最も体力を消耗しているのはユタだ。荒波を越えるのも、島に上陸するのも、ヒアクの銃弾を防御するのも、全てユタの風が要となっている。それに加えて、ヒアクの襲撃地点からこの塔まで移動するにも、ユタとエルナ、ジェラートの三人はキツネに乗っていた。しかも、ユタはウシャス東支部での戦いでも激しく体力を消耗しており、わずかな休息の後にサイシャの島へ来ているのだ。


 そのことは誰もがわかっている。だからリークウェルは言った。


「ユタ。オレを含めた四人を乗せて、塔の上まで飛べるか?」


「ちょいキツい……。けど、リクが行けって言うならあたしは行くよ。絶対に」


 ユタの言葉には偽りも誇張もない。まっすぐに真実だけを述べている。例え深い傷を負っていたとしても、リークウェルが命令すればユタは必ず戦場に出るつもりだ。しかし、キツいという言葉もまた真実。


 リークウェルは扉から手を離し、仲間の方を振り向いた。その視線が狙ったのはユタではない。その後ろのエルナとジェラートであった。


「……すまない」


 リークウェルの放った言葉はたった一言だけだったが、二人はすぐにその意味を理解した。と言うよりも、リークウェルに言われる前から覚悟をしていた。


「うん、わかってるわ、リク。私はここに残る。……フーリがいなくなっちゃって、今の私に出来ることは何もないから」


 体力を消耗しているのはユタだが、精神的なダメージが最も深いのはエルナだ。仲間内の団結が強さの最大要因となっている『フラッド』内でも、エルナとフーリは一心同体と言っていいほどであった。エルナ自身は強敵と戦う能力を持っていない。だから足手まといになる、などとリークウェルは微塵も思っていないが、ユタの疲労を最小限に留めるにはやむを得ない。


「でも、エルナ大丈夫? こんな所に残って、もし他の奴らに見つかったら……」


「心配してくれてありがとう、ユタ。でも大丈夫よ。きっともうすぐダグも追いつく頃だろうし」


 そのダグラスがテンセイに敗北したことを四人は知らない。想定もしていない。


「先に行ってて。私はダグを待つから」


「……すまない。ジェラート、エルナを頼む」


 ジェラートは無言で頷いた。この男はどんな時であっても、自分の意思を言葉で表そうとしない。『フラッド』の仲間内ならば言葉を使わずとも十分にコミュニケーションを取れるが、おそらく仲間以外の人間とは決して交わることが出来ないだろう。


「ダグにだけわかるよう目印をつけて、どこかに身を潜めておくといいだろう」


 あたりをしばらく見回した後、リークウェルは一本の樹木を示した。その木の下へ行き、上を見上げながら言葉を続ける。


「このデカい木の上がよさそうだな。上手い具合に葉が繁って下から内部は見えにくそうだ。しかもよく見ると人工の屋根みたいなものがついてる。相当古くなってるが、他に適した場所はなさそうだな」


 下手に森の中に戻っては、戦闘力のないエルナとジェラートではかえって危険が多い。塔の中は、後からやってきたゼブやウシャスが入念に調査をする恐れがある。消去法で木の上に隠れることが最良だと決定された。もっとも、この木に人の入れるスペースを作った人物がテンセイだということは、当然知る由もない。


 二人が樹上にあがるのを確認し、リークウェルとユタは改めて塔を見上げる。文字通り天に至る塔。全ての始まりであった塔に、誰よりも早くたどり着けると思っていた。


「よしっ!」


 ユタが自分に気合を入れるように両の頬を叩き、元々大きい瞳をさらに大きくして号令をかけた。


「そんじゃ、行こうか、リク! あたしたちが一番乗り!」


「ああ」


 空に昇るべく、リークウェルがキツネに足をかけようとした。しかし、次の瞬間には動作が切り替わっていた。


「なに!?」


 足を止めて地面に下ろし、森の方に体を向けた。冷静沈着が売りのこの男が、かすかに肩を震わせてすらいた。


「どしたの?」


「気配だ。フェニックスの気配が近づいてくる!」


 言った後に、己の間違いに気がついた。フェニックスの力は近づいて来ているのではない。すでに近くに存在しているのだと。


「ウシャスにいた奴の?」


「違う。この気配は強大すぎる。この塔や、ウシャスのコサメから感じたものとは比べ物にならない程デカい。これは……まさか……!」


 卓越した視力が、闇の中に人影を見つけ出した。そいつは自分の姿を全く隠そうとしていなかった。二人からほんの数十メートルのところに、巨大な剣を担いだ人間がいた。


「貴様……ッ! いつからそこにいる! 貴様がフェニックスの力を持っているのか! 他の仲間はどこにいるッ!」


「いっぺんに幾つも問を出すとは、少々(しつけ)がなっておらんな。小童」


 男は口元に笑みを浮かべつつ、それでいて全身から凄まじい闘争心を放ち、男は一歩ずつ距離を縮めてくる。


「顔を合わすのは初めてかのう。余の名はサダム・ザック・ジグリット。ゼブ国の現役国王よ」


(初めて……か?)


 リークウェルはサーベルを抜いた。

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