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第171話・SIMPLE

 皮膚が裂けそうなほどに目一杯広げた右手から、爆弾がこぼれ落ちる。十発もの爆弾を片手で持ちあげればどうしてもそうなる。だが、ダグラスは初めから落とすつもりで爆弾を持ち上げたのだ。当然、爆弾が弾頭から地面につくように計算済みである。


(悪いなみんな。オレはこいつらを連れて、フーリの後を追うことにしたぜ)


 爆弾の予測落下地点はダグラスの顔のすぐ横だ。爆発すれば、ダグラスは確実に死亡する。もはや生存の道は捨てていた。ただし、あくまでも「負け」はしない。十発もの爆弾を同時に爆発させれば、威力は何倍にも増幅される。そしてウシャスの三人は全員爆圧の射程圏内にいる。特に、手を伸ばせば届く位置にいるテンセイは今度こそ完全に吹き飛ばされるだろう。


(タイミングは完璧ッ! 今頃爆弾に気づいてももう遅ェーッ!)


「おおおおおッ!」


 ダグラスが静かに目を閉じるのと、テンセイの咆哮が響くのが同時に起こった。ダグラスは思う。今さら叫んでも無駄だ。あらかじめ爆弾の出現を予測でもしていない限り、防御も回避も間に合わない、と。


(この数の爆弾なら、痛みも感じないうちにで一瞬で死ねるな。散々人を殺しまくっといて楽に死ぬのは卑怯かもしれねぇが、これ以外にこいつらを倒す手段がねぇんだから大目に見てもらおう。って誰に見てもらうんだよ。今まで殺してきた奴らにか? だったら許してもらえるわけねーな)


 奇妙な感覚があった。さっきは現実に対して思考のスピードが極端に遅れていたというのに、今は逆に思考が異様に早く感じられる。爆弾が地面に落ちるまでの時間はせいぜい一、二秒あるかないか。そんな短い時間にいくらでも言葉が浮かんでくる。


(何っつーんだ、コレ。走馬灯? もしかして、とっくに爆発が起きてオレはもう死んじまってるとか? 魂だけでものを考えてるとか……)


「おい、もう目を開けていいぞ」


 野太い声が思考を遮った。地獄の閻魔の声でも、天国の神様の声でもなさそうだ。なぜならその声には聞き覚えがあるから。ついさっき雄たけびを上げた声と同じだったから。


「なぁ、あんた本当に化け物だろ」


 先にそう言ってから目を開けた。すぐ眼前に、テンセイの顔があった。汗もかいていないし、呼吸も少しも乱れていない。ある意味では機械武装のヒアクより不気味だが、そのくせに瞳の奥からは力強い生命力を放っている。


「何度も言わせるな。オレはただの人間だ」


 テンセイが言い、ダグラスから離れた。離れたことによってダグラスからもテンセイの全身が見えるようになった。深紅に染まった両腕に嫌でも目をひかれる。ダグラスはもはや、悔しがるべきか褒めるべきかすら分からなくなってきた。爆弾の直撃を受けたにも関わらずいまだに両手が(かろうじて、よく観察すればそれとわかる程度にだが)原型をとどめて腕にくっついている。


「てめぇがただの人間なら……オレを含めたてめぇ以外の奴らはいったい何なんだよ。人間以下か? 少なくともオレにはこんな芸当出来ねぇぞ」


 テンセイは、両手で爆弾を持っていた。ダグラスが落したはずの爆弾だ。それらが地面に落ちて爆発するよりも早く、テンセイは爆弾を掴み取っていたのだ。無論、弾頭には触れないようにして。


「この爆弾が『紋』によるものだってことはわかってた。ここに来るまでの道のりで結構な数の爆発が起こってたからな。もしその爆弾が普通の兵器で、工場かどっかで生産されてるようなもんだったら、当然撃てる数に限界がある。こんな離島じゃあ補給すら出来ない」


「補給も出来ないのにバカスカ撃ちまくってる。だから……ってか?」


「もっと単純に、そんな数の爆弾を持ち歩いてたら自分自身が危険極まりない。安全装置がついてる可能性もあるが、そんなもん一々解除しながら使う性質(タチ)か?」


「違うなぁ。うん、どう考えてもオレは面倒な手間をかけるのが嫌いな性質だ」


「オレからもそう見えたから、ただの兵器じゃあないと決め付けた」


 ダグラスは小さく噴き出した。テンセイの言い分はあまりに単純すぎる。


「『紋』だってわかりゃあ、手のひらからいきなり湧きだすのも想定範囲内だ」


「そこだよ、オレが気になってんのは。普通、『紋』の能力ってのは『紋』のついてる場所から発せられるだろ? オレはその法則から外れた特殊な例なんだが、なぜわかった?」


 『紋』の基本的法則の一つ。確かに、ラクラの光銃も、ノームのムジナも、自身の『紋』から出現する。サナギの能力である『理想の実験室』などは別だが、特別な物体を出現させるタイプの能力はほとんどが『紋』から出現するようになっている。


「結構便利なんだぜ? この特徴。何せ『紋』のついてない両手を見せれば、相手はオレの能力を見誤ってくれるからな」


「なんだ、そうなのか」


 テンセイは目を細め、ニィ、と歯をむき出した。


「オレはそんな法則なんて全然知らなかったからな。『紋付き』ならどっから何が出てもおかしくねぇと思って用心してた」


「は……」


 単純。テンセイという男はどこまでも単純だった。


「なんだよ、オイ。知らなかったって、知っとけよ。今までそういう『紋付き』と戦ったことねぇのかよ」


「言われてみりゃあ確かにその通りだな。でも、言われるまで気づかなかった」


「フハッ!」


 ダグラスはとうとう、口を広げて笑い出した。目の前にいる大男は、自分なんかでは決して倒せない存在だと理解したのだ。もう戦意も敵意もない。


 ひとしきり笑った後に、ダグラスは言った。


「なぁ、もう一個だけ聞いていいか? オレが自爆することを読んでたんならよォー、わざわざ爆弾を掴まなくたって、取り出しのと同時に遠くへ逃げるとか出来たはずだぜ。予めわかってたんならな。何故リスクの高い手段を選んだ?」


「爆弾出した後に逃げたら、下手したらお前が死んじまうだろ」


「ああ、色々尋問したいから死なれちゃ困るってことか」


「オレはこの島で死人を出したくないんだ」


 誰かが死ねば、肉体から魂が放たれる。その魂を……あの男が、利用する。テンセイはそれを食い止めたいのだった。

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