第17話・炎の軍人
ガラガラと音を立て、岩の塊がガケの壁面から剥がれ落ちる。その岩に、黒いものがしがみついていた。当然それも一緒に巻き込まれて落ちる。
「ガッ……うあ」
かろうじて岩の下敷きになることから逃れ、うめき声をあげながら立ち上がった。ゼブの軍人ブルートだ。全身に激しい衝撃が走ったものの、一応は着地に成功したと言っていいだろう。地面に到達する直前、岩の割れ目に指を引っ掛けられたことが幸いした。
「いでっ、イってェー……ッ! クソッ!」
上着と帽子は、落岩に巻き込まれて紛失してしまった。ブルートはしたたかに打った腰をさすりつつ、足を引きずって歩き出した。目的は採掘抗だ。
「さっきの見張り番どものうち、一人は中で待ち受けてるだろーな。もう一人は他の仲間に知らせにいったってところか。……そういや、さっきのムジナはどこだ? その辺に潜んでたりするのか?」
ブツブツと言葉を吐きながら歩くが、目は冷静ではない。今の痛みでますます怒りが増大されたようだ。
先ほど双眼鏡で確認した通り、坑道の入り口から見張りが消えている。ランプも持ち去られており、わずかな星明りも坑内までは届かず、闇に包まれていた。
「暗闇に紛れて待ち伏せか? 無意味だな。オレはもう何が何でも一直線だぜ」
『紋』が炎を噴き、あたりを照らす。坑道はうねうねと蛇行しながら続いており、奥の方までは見渡せないようになっていた。隠れて待ち伏せするには絶好の条件だろう。
「手に入れた地図によると……目的の鉱石が発掘されたのは、比較的入り口に近い場所だったな。ここから往復で十分もかからない場所。この分かれ道を右だな」
狭い坑道をしばらく進むと、じきに開けたスペースへたどり着いた。ここが目的地だ。
採掘場の中心に、人の気配があった。ブルートがそれに気付くと同時に、部屋の灯りが倍になった。中央の人物がマッチに火をつけ、ランプに灯したのだ。
「デカい方か……。闇討ちしなくてよかったのか?」
「そういうのは性格にあわない」
テンセイだ。ノームの姿はなく、テンセイ一人だけが残っていた。
「ただの見張り番にしちゃあ、ずいぶんと体格がいいな。もしかしてウシャスの軍人が派遣されたのか?」
「軍に入ったのはつい先日だ」
テンセイとノームが見張りにつく前、レンは言っていた。『我々の任務はあくまでも調査だ。それ以外のことは絶対にしてはならない』と。だが、その後にこう付け加えた。『ただし、調査の過程として、戦闘になったり派手に暴れたり、なんてことはアリだな』……と。
テンセイはランプを足元に置き、身を小さく構えた。それを見たブルートも、腰に下げた武器を取り出した。ナイフではない。刃のカーブした軍刀だ。
「ちっ、もっと早く踏み込むべきだったな。地図を手に入れるのに時間をかけすぎた」
『紋』の炎が少しだけ強まる。手の甲から炎が出ていて熱くないだろうか――などとテンセイは考えていたが、次の瞬間に我が目を疑った。
鉄は燃えない。高熱によって変形することはあっても、鉄それ自体に炎が侵食することはない。そう思っていた。だが、ブルートの右手から発された炎は、そのまま軍刀の刃に燃え移ったのだ。どう見ても鉄にしか見えない剣が、枯れ木のように燃焼していく。
(何だありゃァ……。表面に油でも塗ってあるのか? それとも、燃えやすい金属で出来てンのか?)
「オレの炎はよォ、火力はそんなに強くない。最大でもせいぜいマッチ数箱分まとめて燃やした程度だ。だが、その代りコイツは何にでも燃え移る。鉄だろうが土だろうが、オレの意思通りに燃え広がっていくのさ」
燃え広がる――。その言葉が、テンセイの記憶を刺激した。全てを燃やし、喰らい尽くす。鉄でも、土でも……『村』でも。
「お前……ッ」
村を脱出する直前、テンセイは木の上でラシアと会話した。木の下にはゼブ軍がいた。そのゼブ軍の中に、中年の金髪で『紋』を有する男がいた。
「お前が……村を焼き払った司令官か」
「あ? 村?」
ラシアはテンセイとコサメを逃がす為に飛び出した。そして、そのラシアを真っ先に追ったのは、今目の前にいるブルートだ。
「……爺様は、ラシア爺はどうした」
「ジジィ? ああ、村を焼き討ちした時のクソしぶといジジィか。オレは(気絶させられて)直接見てないが……部下が数人がかりで仕留めた。死体も後で確認したぜ」
「死体だと?」
「ん? 何でお前、焼き討ちやジジィのことを知っている。……まさか」
ブルートが左遷されたのは、肝心のターゲットに逃げられたからだ。そのターゲットは弱く、一人で脱出するのは不可能。何者かが手引きした可能性が高い。ゼブ軍はそう判断していた。
「お前、あの村の生き残りかッ! そしてお前がアイツを逃がしたんだなッ!」
ブルートの目的が変わった。現在、逃げたターゲットの行方は全くわかっていない。だが、ここに来てヒントが手に入ったのだ。ターゲットは誰かと一緒に逃げた。その『誰か』とは、目の前にいる巨躯の男に違いない。この男はターゲットの居場所を知っている。
「そしてお前はウシャス軍人! 間違いねぇッ、アイツはウシャス軍にいる!」
「アイツ……?」
「鉱石を持ち帰るのは当然だが、その前にてめぇをブチのめす! 知ってること全部吐いてもらうぜ」
ブルートの足が地を蹴り、燃え盛る軍刀を横に振るう。テンセイは後方に飛んでかわすが、舞い散る火の粉がその体に降りかかった。
今度は上段から軍刀を振り下ろす。テンセイは避けずに、迫り来る刃に向かって左手を突き出した。その手には石の塊を握っている。ガギィッ、と重い音が鳴り、浅く刃が食い込む感覚が走る。と、その石が突然熱を帯び、炎を噴き始めた。軍刀の炎が燃え移ったのだ。
「このままてめぇ自身も焼いちまうぜぇ!」
テンセイは慌てて石を放し、右手で殴りにかかった。が、ブルートもまた左手を使っていた。腰のナイフを抜き、テンセイに向けて投げつけていたのだ。ナイフは軍刀の端をかすめ、炎をまといながら飛んでいく。刃の向きは関係ない。テンセイの体に当たりさえすれば炎を移せるのだ。
ナイフの柄がテンセイの肩に触れる。瞬間、ブルートは炎が移るよう念じた。だが、それは中断された。テンセイが拳を振りぬいたからだ。
「お、オオ……!」
ブルートは左肩で拳を受け、衝撃で右後ろへのけぞった。
先ほどの落下よりも鋭い痛みが肩に走る。今の一撃で骨折させられたようだ。
しかし、ブルートもまた軍人。熱気と痛みの中で、ますます闘争心を強めていた。