第169話・駆け抜ける重戦士
ダグラスは、これまでの人生で初めての出来事に直面していた。一人で複数を相手にすることなら、何度も体験してきた。その過程の中で負傷を受けることもしょっちゅうだった。ダグラスの爆弾銃は破壊に特化した武器のため、相手の反撃でダメージを喰らうことは多々ある。その時にリークウェルが近くにいなければ傷はそのままだ。これらのことは少しも珍しい事ではない。
だが、銃を向けられている敵が盾も持たず、防具もつけずに生身で向かってくるというのは初めてであった。向かってくる敵が防御に特化した『紋』を持っているのならば別だが、リークウェルの話によるとその様子はなさそうだ。
「こいつに負けを認めさせるには、小細工なしで真正面から叩き潰すのが一番だ」
男がそう言った瞬間、ダグラスは反射的に指を動かしていた。負けを認める、などという概念は『フラッド』にはない。戦いの果てに待ち受ける結果は、生存か死かのどちらかだけだ。死以外の敗北などあり得ない。ダグラスは普段からそう考えていた。
放った爆弾は寸分違わずテンセイの胸へ突進して行った。頭部に直撃すれば確実に仕留めることが出来るが、この男の身体能力を持ってすれば回避される可能性が高い。そのため最も回避しにくい部分、つまり体の中心を狙ったのだ。
(てめぇが再生の力を持ってることは知ってる。だが! オレの爆弾を少しでも喰らえばどうしたって衝撃で動きが止まる! そこに続けて撃ちこめばいいだけのことだ!)
ダグラスの計算は早い。テンセイと自分の位置ならば、完全に回避することは不可能だと決断した。その読みは正しかった。だが、相手が避けようとするだろうという前提が誤っていた。
「ッおおおお!」
あろうことか、テンセイは向かってくる爆弾を避けようとせず、逆にその場で足を止めた。左足を地面に突き刺すように打ちおろし、上体のひねりと共に右拳を突き出したのだ。
(バカな。爆弾を素拳で……ッ!)
剛拳と爆弾がぶつかり合った。テンセイの拳がいくら硬いといえど、銃で発射された鉄の塊には及ばない。爆弾のサイズが通常の弾丸よりもかなり大きいため貫通こそされなかったものの、拳の皮膚が裂けて骨が木端のごとく四散する。それでも腕を振りぬいた姿勢を崩さなかったことには目を見張る。
しかし、真の威力は一瞬遅れてやってくる。弾頭に衝撃を感じた爆弾は正確にプログラムを実行した。外殻を破裂させて内部の熱エネルギーをブチ撒けさせ、テンセイの肉体へこれでもかと突き刺す。
「どうせ死んではいねぇんだろッ!? くたばるまで何発もくれてやらァッ!」
ダグラスはすでに次弾の装填を完了していた。爆炎のカーテンによってテンセイの姿が半ば隠れているが、その場所から移動していないことは確かだ。巻き上がる噴煙の中へ狙いをつけ、追撃の一発を送り込む。痺れる衝撃が腕を伝わり負傷した腹部に響くが、歯を食いしばって激痛に耐えた。
(この程度の痛み、根性でどうにでもなる!)
気合と根性だけは仲間内の誰よりも秀でている、という自信を持っていた。だが、この日のダグラスは本当に初めての体験を味わう運命にあった。
「おおッ!」
二度目の雄たけびが森に響いた。咆哮と共に噴煙を突き破って出たのは、固く握りしめられた左の拳。
「オラァッ!」
その直後に起きた展開は、先ほどの一撃目とほぼ同じであった。だが、テンセイの立ち位置はわずかに前進していた。人間一人の命を吹き飛ばすには充分すぎるほどの殺傷力を浴びながらもテンセイはダグラスへ向かっていたのだ。
「フザッ……けんな! オレの爆弾を正面から受けて止まらねぇ奴なんか……」
「一人もいなかったんだろうな。今までは!」
機械武装を施したヒアクでさえ爆弾の直撃は極力避けていた。それなのにテンセイは爆弾を喰らいながら進んで来ている。
「クソが!」
第三弾を放つべく、ダグラスはトリガーに指をかけた。それとほぼ同時に、目がある物体を捉えた。小石だ。おそらくはテンセイが握っていたのであろう小石が、ダグラス目がけて飛んでくる。いや、狙いはダグラス本体ではない。
一瞬の判断で、ダグラスは指の動きを止めた。小石は爆弾銃の銃口を狙っていたのだ。しかも、ボロボロの手で投げたとは思えないほどの正確さと速度を伴って。ダグラスの爆弾は衝撃を受けて爆発するタイプ。そして、爆発の位置が近ければ自分が巻き込まれる恐れがある。
「フェニックスの光に比べりゃあ……。こんな爆炎なんざどうってことねぇッ!」
ダグラスが動きを止めたわずかな間に、テンセイは急激に距離を詰めている。ダグラスが左手で小石を弾き飛ばした時には、あと数歩詰め寄って腕を伸ばせば届きそうな位置にまで来ていた。
距離が近くなればテンセイの攻撃が届く。が、ダグラスの狙撃精度も向上する。正確に狙いをつけなくとも撃てば当たる。
ダグラスの取った行動は、両足を地面から浮かせることだった。テンセイの方を見ながら後方へのジャンプ。だが、ただのバックステップではない。浮いた足が再び地に着くよりも先に爆弾銃を放ったのだ。当然、発射の衝撃が伝わってくる。地面へ逃げることが出来ない衝撃はダグラスの肉体を引っ張り、さらに後方へと押し込んだ。
そして回避の行動はそのまま攻撃へつながっている。衝撃を得るために放った爆弾はキッチリとテンセイを狙っていた。
「いい加減……止まりやがれ!」
「嫌だ」
テンセイの防御法は――やはり変わりない。爆撃を受けて肉塊と化した両腕を突き出し、爆弾を受け止めた。
「こんだけやりゃあ、認めるかッ! 『敗北』をッ!」
この男を止めるには、ダグラスでは力不足だった。例え腹部に弾丸を受けていなくとも、結果は同じであっただろう。第四の爆弾を放つよりも先に、強烈な前蹴りがダグラスの顔面を弾かせた。