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第167話・宿命

 慣れない土地を夜中に進むのは愚行。ゼブ王サダムはそう言っていたが、慣れた者ならば闇夜であろうと問題ない。六年もの歳月の間まったく人の手が入らなかったこの島は、一部の野生動植物が生活範囲を広げたことを除き、ほとんど景色が変わっていない。


 故に、この島で生まれ育ったテンセイにとっては相変わらずの見慣れた庭であった。もっとも、本来なら夜間に狩りが行われることは少なく、夜の森は不慣れな島民も多かったのだが、海へ行こうと度々”脱走”を試みたテンセイは例外であった。


「至天の塔は島の中央にある。この島はほぼ円形だから、どの上陸地点からでも距離は大して変わらない」


「つまり、オレたちより早く島に到着した連中が圧倒的に有利ってことか」


「そうなっちまうな。森の中に人間を襲うような生き物はいねぇから、闇夜でもその気になれば進めないこともない。最終的にあいつらがどんな判断を下すかはわからねーがな。オレたちが連中を出し抜くチャンスがあるとすればそこだ」


 灯りを持つラクラを先頭に、ウシャスの三人は森の中を歩いていく。


「ついでに言えばもう一つチャンスがある。すでに先行している二つのグループ……ゼブと『フラッド』が互いに叩き合ってくれることだ。漁夫の利をかっさらうってのは性に合わねぇが、敵が相当な化け物ってことを考えれば仕方ない」


「いいね、弱ったとこを横から頂く……。オレの性には合ってるぜ」


「そう言えば盗人だったなお前」


「いやいや、今はもう改心して……あ、ラクラ隊長、そんなに睨まないでくださいもう昔のことなんで」


 初めのうちはそんな話をしながら進んでいたのだが、森の奥へ入っていくにつれてだんだん言葉数が少なくなっていった。無論、疲労のためではない。周囲の警戒に集中するためだ。ただでさえゼブや『フラッド』に出遅れている上に、人数の差でも分が悪い。


 そもそも、ウシャスは初めからあらゆる点で不利だったのだ。総合的な軍事力ならばゼブにもひけはとらないが、強大であるが故に永く続いた平穏な時代が、見えない刃となってゼブがつけいる隙を生じさせていた。全ての対応が後手後手に回り、同時期に現れた『フラッド』にも翻弄され、戦力を大きく削がれてしまった。


 現在はかろうじて同じ土俵に立てているとは言え、不利であることに変わりはない。一瞬の油断も許されない状況に追い詰められているのだ。


「……ここか。火薬の臭いが強くなった。それに混じって微妙に血の臭いもする」


 テンセイの言葉に、ノームとラクラがぴくりと肩を震わせた。


「近くにいるってか」


「少し違うな。火薬の臭いはもうかなり薄れている。血の方は、オレの予想だとおそらく……」


 その先の言葉は口には出さなかったが、仲間たちは静かに言いたいことを察知してくれたようだ。現場にたどり着いてそれを発見したとき、誰も驚きの声をあげなかったことがその証拠だ。


「こいつは……確か、『フラッド』の連れてた犬だったな」


「フーリという名だそうです。どうやら、ゼブと『フラッド』がすでに交戦していることは確定したようですね」


 無造作に転がったそれは、普通の人間ならば思わず目を背けてしまうほどに痛ましいものだった。首にぽっかりと穴が開き、そこから噴いて出た血はほとんどが乾いていたが、穴の奥からはまだわずかづつ生命力の残骸がこぼれていくのを感じる。


「死体をこんな場所に置きっぱなしってことは、『フラッド』の他の奴らはこの近くにはいないな」


「大口径の銃で一撃ですね。他に目立った外傷は見当たりません」


 ラクラが死体を抱きかかえ、冷静に検死する。一見して見目麗しい女性が死体を抱くというのもまたゾッとする光景。テンセイは内心快く思わなかったが、この手の分析はラクラが最も秀でているのだから黙って見守った。


「周囲の木々や地面がえぐられていますね。加えて弾痕も残っています。銃を用いる相手と爆弾銃のダグラスが戦ったことは確実です」


「この犬がいるってことは、エルナって子もいたんだな」


「たぶん全員ですね。そうして、戦闘中にこの犬が撃たれた。その後は……あちらに向かったようです」


 ラクラが指さした方を見ると、なるほど、木の枝が不自然に折れていたり、背の高い草がなぎ倒されていたりして、人の通ったらしい跡が出来ていた。


「こっちは、塔に向かう方向だ」


 テンセイが言った。結局、他に進む道はない。ラクラたちは痕跡を追って再び前進を開始した。地面に残る足跡は三つ。ただし、ここを通った人間が三人だけだとは限らない。風を操るユタは空中を飛行することも可能なのだとラクラたちは知っている。


 やがて、三人は第二の死体を見つけた。今度はさすがに誰もが驚きの色を顔に浮かべた。


「これは……ゼブの奴だよなぁ。あの『フラッド』から一本取ったからには、タダ者じゃあないだろうとは思ってたけどよ」


 うつぶせに倒れたヒアクの死体からはまだ血が流れているらしく、地面を濡らす赤が徐々にその範囲を広げている。その血の池からやや離れた所にも、点々と赤いしみが印されていた。死体から飛び散ったものではなく、別の人物の流した血のようだ。一定の間隔を開けて血の染みがさらに奥へと続いている。


「ここでも爆発が起きている。そして、奥に向かう血はまだ新鮮だ」


 痕跡からこの場で起きた出来事を推理しつつ、さらに追跡を続ける。出血量を見れば、致命傷ではないがそれなりに深い傷だということは簡単にわかる。だが、『フラッド』のリークウェルはフェニックスの力を持っているはずだ。それなのに傷を放置したまま移動している。


 誰かが意見を述べるまでもなく、自然に三人の進行速度が加速する。ウシャスの最大の敵はゼブだが、『フラッド』も同等に脅威的な存在だ。


(……前にもこんなことがあったな。サナギの研究室に向かう途中に、漁夫の利を得た)


 テンセイは、そのような星の下に生まれついたのかもしれない。彼が急いでたどり着いた先にはいつも血の臭いが漂っている。


 いた。前方の木々の間に、腹部を押さえて歩くダグラスの姿があった。

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