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第163話・揃い踏み

 私は、我がホテルの二階にある、一つの扉の前に立っている。この部屋を扉の外から眺めても、隣近所の部屋と異なる点は一つもない。当ホテルは、どんなお客様にも平等なサービスを提供する。たとえお客様の生前が金持ちであろうと、貧しかろうと、悪党であろうと聖人であろうと、与えられる部屋は同じ。と言うよりも、室内の装飾や景色はお客様各人の完全なる自由なのだから、元の外観に変化をつけても意味がないのだ。


 それでも、扉に軽く手のひらを当てると――。ほんのりとした温かみが、手袋越しに伝わってくる。重厚な皮張りの扉ではあるが、これほどまでに心地よい熱を放つのはこの部屋だけだ。


「ほんのちょっぴりだけ……いつもより漏れる熱が高いですよ?」


 声をかけてみたが、私の声はおそらく室内まで届いていないだろう。全ての望みが叶うということは、逆に言えば望まないものは全て排除出来るということだ。私はオーナー権限として自由に客室へ出入りすることが出来るが、その私の存在を認識し、あいさつに返事をしてくれるお客様は非常に少ない。彼らが望まない限り、私は彼らの目に映らない。


 今私が前に立っている部屋の宿泊客は、何があろうとも私の声を聞いたり姿を見たりはしないだろう。……いや、もしかしたら、私の幻想ならば見ているかもしれない。ボロボロに打ちひしがれ、無残な屍と化した私の姿を。きっとそうだ。それが彼女の最大の望みなのだろう。


 彼女……と呼んでいいのだろう。少なくとも、男性的なイメージは受けない。それに、どこかの国の神話によれば、彼女はしばしば人間の女性に化けることもあるという。


「不死鳥フェニックス。……懐かしの住処に近付いて、興奮しているのですかな? 本来ならホテルの内部から外の(本当の)景色を見ることは出来ませんが、何しろあなたは神の一種だ。多少の例外は想定していますよ」


 そう、この部屋の宿泊客はフェニックス。正確にはフェニックスの魂の大部分。魂だけとは言え、その力は絶大だ。扉に触れる私の手のひらには、絶えず溢れだしたエネルギーの余波が伝わってくる。


 私は扉を開けない。可能だが、今はやるべき時ではない。室内に存在するエネルギーはあまりに膨大なため、扉を開けると外部にまで広まってしまう。魂自体は私の許可がない限りホテルから出ていくことは出来ないが、魂から発せられるエネルギーは容赦なくホテルから離れ、能力者である私の『紋』から吐き出される。その時に私はフェニックスの力を使うことが出来るのだ。


 ……いくら私でも、常に神の力を放出し続けることは困難だ。自分自身の能力と同時に操作することにすら苦しんでいるのだから。フェニックスの力を使いたい時にだけ扉を開放し、必要のないときは閉ざす。それが私の決めたルールだ。


「まぁ、むやみやたらに逃亡を図ろうとさえしなければ、後は全てあなたの自由です。……この扉を自ら開けて、他のお客様方と交流をなさることも結構。お望みならば容姿も自在に変化できますからね」


 本心は少しも結構ではないのだが、お客様の自由を奪う権利はない。もしフェニックスが積極的に扉を開け、エネルギーを外へ放出し続けたならば、私はそれを制御するのに大変な苦労を背負うことになるだろう(もちろん、苦労はするが最終的には必ず制御する自信がある)。


 幸いにも、フェニックスは一度も客室から出て来ようとはしなかった。生前からあんな偏屈な塔にずっと住み続けていたのだから、閉じこもることがお好きなのかもしれない。


「それでは、引き続きごゆっくりお休みなさいませ。……ご安心を。もうじき、あなたの欠片たちもここへやって来ますから」


 『フラッド』のリークウェル。我が弟ベールの娘、コサメ。それらが私の力を奪いにやってくる。そして、フェニックスの力は共鳴し合う。今この場でフェニックスの力を外に出してしまったらそれを感知されてしまう。だから、今はまだこの扉を開けてはいけない。


 私は扉から手を放し、階段を下りて玄関ホールに向かった。


「六年前の不始末、今度こそキッチリと片をつけてやる。全てが始まったこの島で、私の神話を新しく塗り替えてやろう」




 決戦の時を前に、次々と役者が集まっていく。ゼブからもウシャスからも離れた孤島では、戦力の補充は不可能。戦いを放棄して逃げ出すことも不可能。力なき者から淘汰されていくサバイバルの会場に、ようやく最後の役者たちが現れた。


「まわりの物にしっかり掴まれ! この強風だ、どんな揺れが起こるかわからない!」


 クドゥルの令に、テンセイとノームは無言で頷いた。内線を通った声はもう一つの船室に届いており、そこではラクラとコサメも同じように大人しく従っている。


「上昇開始!」


 クドゥルが自らに号令をかけ、『紋』を輝かせた。初めは何も起こらなかったが、徐々に変化が表れ始める。窓の外は夜闇のため海水面はほとんど見えないが、船の揺れ方から船体が浮き上がっていくのを感じる。波による縦揺れがなくなり、高度を増すにつれて、風による水平方向への滑りが大きくなっていった。


「こうなったら舵取りも意味ねぇな。くれぐれも墜落だけはやめてくれよ」


 ノームのこぼした言葉はとても小さな声量だったが、プライドの高い幹部はすぐさま反応した。


「やかましい! 言われなくとも墜落などさせるものか! 貴様は礼儀の一つでも覚えながら大人しくしておけッ!」


 この口ぶりに、テンセイは思わずニヤリとしてしまった。汗を流して表情も不機嫌だが、若干の余裕が感じられたからだ。


「…墜落って言葉は極力控えてください。この間の戦いで主力船をなくして、内心傷ついてるんですから。ああ見えても結構繊細なんですよ」


 スィハがこっそり耳打ちしたものだから、吹き出しをこらえるのが大変だった。


 風に流されることも計算に入れ、クドゥルは巧みに船を動かしていく。


 役者たちを乗せた船はぐんぐん上昇し、遂に舞台へ乗り上げたのであった。

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