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第161話・訪れた場所は

 ヒアクの身に纏っている鎧は、胴体部と頭部の装甲が連結した構造になっている。可能な限り肌が剥き出しにならないよう考慮されたデザインだ。そして当然、首の部分は可動式になっており、上下左右に首を振ることが出来る。ただし、その可動範囲は普通の人間が首を動かせる範囲と同じだった。アゴの部分が鼻先よりも上に来るほどのけぞらすことは出来ないはずだ。


 だが、ヒアクの顔はそうなっていた。ヒアクの胴体は地面に叩きつけられ、落下の衝撃と自身の重みで地面を凹ませ、抱きつくように張り付いている。その肩の先についている顔は、空の方を向いていた。体は地面に伏しているのに、視線は空。それも、自分のほぼ真上の空だ。


「グギ……ガ」


 声を出そうとあがくが、異様な角度に折れ曲がった首を通って口から漏れるのは、ただの音。


「まだ生きてんのか。しぶといな」


 ダグラスの声が正面から聞こえてきた。


「オ……ドウ……ヤ……ッ!」


「どうやって背後から爆弾をブチ当てたかって? 逆だ。お前の方が木に仕掛けた爆弾に突っ込んでいったんだよ」


 ヒアクは気づいていないが、許容範囲以上に首が曲がっているため、装甲の首と銅のつなぎ目が外れてわずかに隙間が空いている。ダグラスはその隙間に視線をやりつつ、言葉を放っていく。


「人を見下したりバカにしたがる奴ってのは、何かとすぐに高いところに登ろうとする。相手の頭上を取るのは戦いの定石、ってのもあるけどな。お前は必ずオレの真上から襲ってくるだろうと思ってたよ」


 ヒアクは返答こそしないが、懸命にダグラスの方を見ようとする態度からすると、話は聞こえているようだ。


「あらかじめその木の枝のとこに爆弾を仕掛けておいた。後はそこに誘導してやるだけでよかったんだよ」


「イ……イヅ……」


 いつの間にそんな仕掛けをしたのか? オレは逃げるダグラスの姿をずっと注目しながら追いかけてきた。その途中、ダグラスが木に向って銃を撃ったり、木の上に登って爆弾を仕掛けたりしていればすぐにわかったはずだ。ヒアクの意思を通訳するとこんな内容だろう。それを察したダグラスは、ただ一言だけでそれに答えた。


「爆弾を仕掛けたのはオレじゃない」


 間をおいて、声にならない悲鳴が装甲の隙間から這い漏れた。


(――ッ!)


 このために、ダグラスは単身でヒアクと戦ったのだ。注意を自分一人に向け、仲間の存在を忘れさせるために。


(この場所は! こいつが逃げたこの方向はッ!)


「爆弾を一つだけもたせて先に行かせた。初めてやる戦法だったが、ちゃんと意思は通じたぜ」


 決着はついた。ヒアクのダメージは致命傷だ。放っておいてもあと数秒で絶命する。


 だが、ダグラスは「やる」と決めたら徹底的に「やる」タイプの人間であった。それは『フラッド』の基本的な方針でもあるのだが、ダグラスは仲間内でも特にその意識が高い。


 銃を構え、素早く狙いをつける。狙撃ポイントはただ一点、装甲の隙間だ。


「じゃあな」


 轟音が森にざわめき、一つの戦いが終了した。





 上空から見える爆発の炎は、とても小さかった。鋼鉄の鎧に遮られてあまり広範囲に飛散しなかったからだろう。


「よかった。ダグが負けるわけないって思ってたけど、本当によかったよ」


 小さな意思が、誰にも見えない微笑みを浮かべた。眼前では、ダグラスがもはや鉄クズと化した物体に近付いて中身の死亡を確認している。とても気分のよくなるような景色ではないけれど、危険を一つ乗り越えたと思うとうれしくなる。


「……ありがとう。そしてごめんなさい。僕はもうみんなと一緒に旅をすることは出来ない。でも、これからの旅で、みんなが幸せになれることを祈っているよ」


 届くはずのない言葉を、ダグラスに向けて紡ぐ。


「それじゃあ、さようなら。……エルナによろしく。泣かないでって、伝えてくれるかな?」


 ダグラスは意思の存在に気づかず、太い木に背を預けて座り込んでいる。よほど疲れたのか、片膝を立ててその上に肘をおき、深く頭を沈めている。


「ふふ、お疲れ様。近くに他の敵はいないみたいだから、ゆっくり休んでみんなを追いかけるといいよ。少しぐらい遅くなったって、みんなはダグが帰ってくるのを待っているから。僕もそうする。……ダグ? どうしたんだい? どうしてお腹に手を当てて……。どうして? どうして血を流しているの?」


 息絶えた将軍の左手人差し指から、細い硝煙が立ち昇っていた。


「そんな……だめだよ、ダグ。エルナに伝言してもらわなきゃ。みんなのとこに帰らなくちゃ……」


 小さな意思は、急激に視界がぼやけるのを感じた。背筋の冷たくなる喪失感に襲われ、得も知れぬ不安感にかられる。朧げな景色が後方へ流れ去っていく。どこかに引き込まれていくかのようだ。


「僕は、どこにいくの?」


 ポツリとつぶやいた瞬間、あたりの景色がハッキリと目に映った。


「ここはどこだろう。僕は森にいたはずなのに」


 そこは、とても華やかな建物の中だった。天井にはシャンデリアが輝き、静かな、心を落ち着ける音楽が流れている。壁や柱の装飾は、とても上品な印象を放っていた。赤い絨毯は卸したてのようだ。


 そこには多くの人々がいた。誰もが素敵な微笑みを浮かべ、恋人と手を取り合っている者も少なくない。


「あっ」


 小さな意思は声をあげた。正面にある大きな階段を、見覚えのある五人の後姿が登って行くのが見えたのだ。


「みんな! どうしてここに? ここはいったいどこなの?」


「ここは、全ての望みが叶う場所」


 背後から声がした。振り向くと、スラリと背の高い男が立っていた。高級なスーツを完璧に着こなし、長いステッキを持った男が、深々と頭を下げていた。


「あの方たちに再会することが、あなたの望みなのですか。その願い、叶えて御覧に入れましょう」


 芝居がかった大振りな動作で、男は小さな意思の前に膝をついた。


「ようこそ、我がホテルへ」

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