第160話・弾
「目クラマシ? 無駄ァッ!」
黒煙があがる中、ヒアクは胸の銃を連射し続ける。
「オ前ニハ風ノ防御モナイ! 治癒能力モナイ! オレノ数々ノ兵器ニ対シテハ、コソコソ隠レテ攻撃スルシカナイノカ!?」
この戦いが始まる前、ヒアクは相手の能力と自身の力を比較し、一つの結論を出していた。もしも自分が負けるとしたら、こちらの攻撃を風や治癒で凌がれ、爆弾で少しずつ装甲の上からダメージを喰らう展開になった場合だろう、と。そうなる前に敵戦力を削れる自信があったからこそヒアクはこの戦場に立った。そして今、この場の状況は想定していたよりも遥かに良い。
弾丸の走る音、木や地面にブチ当たる音が聞こえる。だが人体に命中した気配はない。当然だが、ダグラスはすでに弾丸の軌道上にはいないようだ。
「見カケニヨラズ中々素早イナ。サスガ、カツテ我ガ小隊ヲ滅ボシタダケノコトハアル」
煙幕が晴れてきた。予想通り、ダグラスの姿は見えない。
「シカシ、隠レタ所デオ前ニ何ガ出来ル? 上手ク近距離カラ奇襲ガ出来タトシテモ、精々一発カ二発喰ラワセルノガ限界ダロウ。ソレダケデハコノ装甲ハ破レマイ」
言葉を吐きながら、ヒアクは用心深くあたりを見回す。腹や背に直撃を受けても大したダメージにはならないが、頭部に受けるとダメージは大きくなる。どこから撃ってくるのか。あたりは木に覆われているが、先ほどからの戦闘で数本の木々が倒伏、爆破され、ヒアクの周囲はやや開けた空間になっている。真上からの襲撃は不可能だ。
あっけないほどに、ダグラスの居場所は特定できた。何のことはない。ダグラスはただ一直線に、それも敵であるヒアクに背を向けて、リークウェル達の去って行った方向へと走っているのであった。
「……オイ」
ヒアクは小さくつぶやいてみたものの、その声が届くわけがない。ダグラスはひたすら走っている。
「ア〜……ソウカ。ソウダナ。オレト戦ウフリシテ、自分モサッサト逃ゲルッテカ。ソリャアソウダヨナ。デナケレバ単身デオレニ向ッテクルナンテ……。ダヨナァ。デ、オレハマンマト引ッ掛カッテ、間抜ケニ立チ尽クシテイタト……」
急激に高揚感が薄れてきた。気分よく屋外を散歩していて、うっかり虫を踏みつぶしてしまったかのような、激しい興冷めが襲ってきた。血液が波のように引いていく。が、それはじきに、マグマのような熱い怒りを伴って再び頭部まで這い上って行った。
「アァ〜〜……ッオイ! 待チヤガレ貴様ァアアアッ!」
ダグラスはとっくに銃の射程外まで逃げていた。ヒアクは一瞬腰を屈め、鉄の足で地を蹴った。鋼鉄に覆われた鎧は凄まじい重量を持っているが、内部の特殊構造によって何倍にも高められた運動エネルギーはそれを上回っている。助走をつけない一蹴りで五メートルは跳び、逃げるダグラスとの距離を猛烈に縮めていく。
「オレヲ”コケ”ニシヤガッテ! 許サネェ! テメェハ骨ガ散ルホドブッ壊シテ海ニ放リ捨テテヤルッ!」
接近には気づいているはずだが、ダグラスはヒアクの方を少しも振り向かない。そのことがますますヒアクのザラつきを煽った。銃を放てば届く距離に入ったが、あえて撃たない。それでは気が済まない。走りながら、ヒアクは左手で右腕のヒジに触れた。そこから無骨な指先でつまみ出したのは、銀に輝く刃。右腕と直角な位置になるまで刃を引き出し、固定した。
弾丸で仕留めるだけではダメだ。刃物で斬りつけて、血と肉の感触を味わなければ怒りが収まりそうになかった。ぐんぐんと距離を詰め、あと一跳びでダグラスの首を掻っ切ることが出来る位置まで来たとき――。ようやく、ダグラスが振り向いた。銃を構え、しっかりとヒアクの顔に狙いをつけて。
ヒアクは止まらない。ギリギリのところで反撃してくることは十分わかりきっていたことだ。引き金にかけた指を動かすため、ダグラスの腕の筋肉がわずかに上下する。その瞬間を読んで高く跳んだ。
ゴォン、と鈍い鳴き声をあげ、爆弾がヒアクの足下を走り抜けていった。それが遥か後方で木にぶつかり、無益な破壊エネルギーをブチ撒けた時、ヒアクはダグラスの頭上にある木の枝に乗っていた。
「オ前ニ出来ルノハ、タダ爆弾ヲブッ放スダケダローガッ! 逃ゲルダトカ不意打チダトカ、全部無駄ナンダヨォ!」
銃の反動のため、ダグラスの動きは止まっている。それはよほど目の利く人間でない限り見抜けない小さな硬直だったが、将軍は確実にその瞬間を捉えて逃がさない。元々硬い鉄の拳をさらに固く握りしめ、跳び下り様に正拳を突き出す。無論、狙いは拳を当てることではなく、手首に生やした刃を当てることだ。
ダグラスが、つぶやいた。
「訂正をしておくぜ。オレの爆弾はわざわざ銃でブッ放なくても、普通に爆発させることは出来るんだ」
ナニ……? と言いかけたヒアクの口は、本人の意思とは関係なく全く別の言葉を吐きだした。
「グギャアッ!?」
という、間抜けな断末魔。
「同じ攻撃を二度喰らうってのは間抜けにもほどがあるな」
ダグラスのその言葉も、自分のあげた悲鳴も耳に届かない。突然背後から襲ってきた凄まじい衝撃が、ヒアクの思考を一瞬真っ白に停止させた。それでも地面へ激突する前までには意識を取り戻せていたのだが、そのことに大した意味はなかった。
視界の隅に、ダグラスが避難するのが映った。そして、ダグラスが立っていた場所、これから自分が墜落する地点に、黒い塊が落ちているのが見える。あれは。この戦いの中でうんざりするほど見た、黒い物体は。
「ヒッ……」
悲鳴をあげ終える前に、ヒアクの頭部がそれに触れた。衝撃を受けたそれは瞬時に爆発を起こし、ヒアクの首を跳ね上げた。胴体はいまだ墜落の途中。首だけが弾けて跳ねる。鉄の仮面は破壊されていないが、その内部がどうなったかは誰にも容易に想像がつく。
「ここまで逃げられればよかったんだよ、オレは。この場所が、てめぇを仕留めるのにベストな位置だったんだ」
そう言うダグラスの顔には、勝ち誇った表情など欠片もなかった。




