第159話・GUN and BOMB
ずっと、一緒だった。サナギの元から逃れて、初めて新たな仲間として加えた信頼の置ける者。それがフーリだった。野生の獣であったフーリと『フラッド』の五人がどのようにして出会ったのか、それは彼らしか知らない。当然、フーリを殺した刺客も知っているわけがない。
(けっ、犬コロ一匹でキレるとは、やっぱしこいつら素人だな)
刺客は声に出さずほくそ笑んだ。鉄の鎧を身にまとい、機械の武器を巧みに操る男。その正体は、ゼブ五将軍の一人。アクタイン、ナキルがいなくなった今、残り三人の中では最も年長であり、将軍としての歴が長い男。
その名はヒアク。本名はヒアク・レイルウォンである。
(エルナとジェラートは戦力外。Dr・サナギの話じゃあ、あの二人は『紋付き』ではない。特別何かしらの武術に秀でているようにも見えないしな。……厄介な三人はまだほぼ無傷に近い状態か。リークウェルの足の傷も消えてやがる。多少の傷はすぐに回復しちまうって情報は本当だったみたいだな)
リークウェルがフェニックスの力を持つことは、ゼブ国もつい最近まで知らなかったことだ。この情報がゼブに入ったのは、『フラッド』とウシャス東支部の戦いの後である。リークウェルの使った治癒能力を、内通者であったレンとヤコウがゼブへ報告したことによる。
ヒアクはフェニックスの力に関する詳しい情報は与えられていない。ただ、一撃で仕留めなければすぐに回復されるということだけを聞かされていた。
(さて、まだまだ面倒が残ってんな。むしろ状況はさっきまでより悪い。ミサイルはもう打ち止めだし、相手はキレて何をしてくるかわからない。……探知係の犬を始末したから、いったん逃げて装備を整え直すってのもアリだが……)
ヒアクは思案する。だが、この状況を打破する策は意外な方向から現れた。
「リク、ユタ。エルナとジェラートを連れて先に行け」
意見を出したのはダグラスだった。
(ほう……?)
ダグラスは銃を手に持ってはいるものの、ヒアクの方へは向けていない。しかしながら睨みつける眼力は、爆弾銃の威力以上の凄味をヒアクに感じさせた。
(何をする気だ? どういう策だ?)
冷たい汗が流れそうになる。それほど、ダグラスの瞳に見える光は力強かった。が、次の言葉でヒアクの汗は止まった。
「ここでダラダラと足止めされてる訳にはいかねぇだろ。さっさと先に行け」
(……なるほど。オレを倒すのは諦めて、自分が犠牲になる代わりに他の仲間を進ませる気か。クク、確かにそれは正しい判断かもな。オレが王より与えられた任務は、最低こいつらの足止めをすること)
今度はわずかに声に出して笑った。どうということはない。ダグラスの瞳に宿るのは、追い詰められた陣営の兵士が一か八かで特攻を試みる際の覚悟だ。ヒアクはそう受け取った。
(そんな出来あいの覚悟なぞ、今までいくらでも見てきた。そしてオレはそんな奴らを例外なく踏みつぶしてきた。ゼブの軍人なら当たり前のことだがな)
ヒアクは考えを改めた。『フラッド』の強さは結束力の強さ。その一部を崩された今、『フラッド』は精神的に大きなダメージを受けて弱体化している、と。
「クク、オレハ構ワナイヨ。行キタケレバ勝手ニ行ケバイイサ」
持てる限りの余裕を込めてわざとそう言った。そして『フラッド』の反応を見る。
ユタは何やら迷っているようだった。エルナはまだ呆けた顔でフーリを抱いている。その傍らのジェラートは、どうしてよいかわからない、といった感じに見える。そんな中、リークウェルが決断を下すのに長い時間はかからなかった。
「わかった。いくぞ、ユタ、エルナ、ジェラート。ここはダグに任せる」
(おお、これは好都合)
美味い話。ヒアクは思わず舌舐めずりしそうになった。ヒアクは自分で何度も言っているように、面倒なことは嫌いな性格だ。残り三人の戦闘要員を相手に戦い続けるより、わざと相手を先に行かせて残った一人と戦う方がずっと楽である。
「……わかった、いこっ、エルナ!」
ユタも同意した。それに乗じてジェラートも立ち上がったのだが、エルナだけがフーリを抱いて座り続けていた。
「急げエルナ! フェニックスの力を全て手に入れれば蘇生させられるかもしれない!」
この一声で、ようやくエルナはハッと顔をあげた。そして、フーリの亡骸を静かに木の根元に横たえ、自身は立ち上がった。
「早く行け! コイツはオレが引きつける!」
「ユタ、ついてこい!」
リークウェルが先陣を切り、森の奥へ走って行った。ユタはキツネの背中に乗り、風を起こす。上昇する風に乗り、キツネの体が宙に浮き始める。その背中にエルナとジェラートも急いで飛び乗った。
風向きが変わり、三人を乗せたキツネはヒアクの頭上を飛び越え、リークウェルの後を追った。ヒアクは一切妨害をしなかった。
四人が去ったのを見届け、ダグラスとヒアクが再び対峙する。
「ずいぶんアッサリ行かせてくれたな」
「邪魔シテ欲シカッタノカ? オレトシテハ、モウ十分手柄ヲ稼イダカラ別ニ構ワナインダ。探知ノ獣ダケデナク、『フラッド』随一ノ破壊力ノ持チ主ヲモ倒セタンダカラナ」
「気が早い野郎だ。もうオレを倒したつもりか?」
「倒サレナイツモリカ? ハッ!」
ヒアクが、装甲の胸部に両手をやった。そこは観音開きの扉になっており、両手で勢いよく開かれたその奥には、横に五つ並んだ銃口があった。連発銃の正体はこれだったのだ。ユタがいなくなった今、直線的な攻撃も十分に通用する。
銃声が轟く一瞬前に、ダグラスは銃口を前方の地面に向け、一発だけ撃った。爆発とともに粉塵が舞いあがり、二人の間に煙幕が形成された。そこへ連発の弾丸が飛びこんでいく。
「小細工ハスルナヨ! サッサトクタバレ!」
煙幕のため、弾丸が命中したかどうかはヒアクにはわからない。ただ一つ確信したことは、ダグラスの狙いが自分を倒すことではなく、仲間を逃がすための時間稼ぎであるということだった。