第156話・重機と剣
キシュイ、と、誰の耳にもハッキリと聞こえる機械音が刺客から発せられた。刺客の人物は両手と両膝を地面につけ、頭をあげて『フラッド』を見ている。機械音はその背中の方から聞こえた。
フーリが焦げくさい臭いを察知し、吠えた。その直後、刺客の背中から噴煙が上がった。
「おいおい。ますますタダ者じゃあなさそうだぞ!?」
轟音と共に、刺客の背から黒い影が飛び出した。それはダグラスの爆弾によく似た形状の、しかしそれよりも二周りは巨大な物体であった。さらによく見ると、それは自身が火花を後方に散らしながら凄まじい速度で宙に飛びあがった。
「ったく手品みてぇに色々出してきやがって。でもどこを狙ってやがんだ?」
『フラッド』は、刺客の放ったミサイルが直線的に自分たちへ飛んでくると身構えた。だが、黒の兵器は『フラッド』の遥か頭上、天へ向かって飛んで行ってしまった。轟音が過ぎ去ってしまった後に、野鳥のさえずりが空しく響く。
「ちっ、訳がわからねぇ。どうすんだよリク」
ダグラスが額に汗を浮かべる。一方、リークウェルはあくまでも冷静に命令した。
「上を警戒しろダグ。前方はオレとユタが見張っておく」
「あ?」
「今打ち上げられた兵器が落ちてくる。それがオレ達に到達する前に撃ち落とせ。ユタが上に風を使ったらその隙にまた連発銃を撃たれる。だからお前に頼んだぞ」
「待てよリク、そりゃ上にあがったもんが落ちてくるってのはわかるが、あの打ち上げ角度と距離から計算すりゃあ……いや、計算するまでもなく、オレたちの頭上には落ちて来ねぇってわかるぜ」
「あれは火を噴きながら飛んでいた。……未知の技術、甘く見ないほうがよさそうだ」
なに? と再度聞き直そうとしたダグラスの耳に、聞き慣れぬ声が届いてきた。重く、幾重にもエコーが重なったかのような声は、例の刺客から発せられていた。
「……ソウ、上ニ気ヲツケロ。イイ判断ダ、リークウェル・ガルファ」
確かにそう言ったように聞こえた。どちらかと言えば男性的な声だ。
「ダガ、ドウセナラ戦ワズニ逃ゲテクレ。オレハ面倒臭ガリナンダ。ココデ引キ下ガッテクレレバ、コレ以上余計ナ戦闘ヲシナイデスム」
「却下だ」
「……ダロウナ」
心なしか、刺客が肩を小さく上下させたように見えた。が、リークウェル以外の注意はすぐに上空へ注がれる。
「ちょっと! なんか本当にこっちに落ちてきてるし!」
リークウェルの予想が当たった。一旦は視界の外へ消えたミサイルが、常識で考えられる軌道を無視して『フラッド』の真上から落下してきたのだ。
「ダグに任せろユタ! 最小限のシールドだけを張って奴本体を見ていろ!」
リークウェルは行動だけでなく思考も素早い。そして、他の『フラッド』メンバーはリークウェルを信頼し、その言に従う。やると決めたら一瞬の躊躇も迷いもない。
「いくぜッ! 耳塞げーッ!」
ダグラスが銃口を上空に向ける。次の瞬間にはもうトリガーを引いていた。発射された爆弾は空へ、迫りくるミサイルへ向かって飛んでいく。
「くーちゃん、壁! たぶん爆風とか破片とかが来る!」
ユタが風のシールドを張るのと、ダグラスの爆弾がミサイルに衝突するのはほぼ同時だった。二つの爆発が一斉に起こる。放出された熱が大気を焦がし、衝撃の波が木々の葉を落とす。爆破と衝突によって破壊されたミサイルの破片が飛び散り、そのいくつかが『フラッド』の頭上に降り、風によって弾かれた。
「来るぞ!」
リークウェルが叫ぶ。無論、前方の刺客のことを指した言葉だ。
「前方に防御集中! 撃ちながら突っ込んでくる!」
「りょーかい!」
風が動き、滝を水平に寝かせたかのような横殴りの暴風に変わった。木の葉や砂が巻き上がられて風の流れに乗り、その奥から連続した銃声が飛んできた。それからわずかに遅れて無数の弾丸がやって来る。
「今度はちゃんと弾丸来るのわかってたもんね! パワー全開で全弾ブッ飛ばす!」
ユタの気合にキツネが呼応し、風の勢いが強まった。方向の定まったエネルギーは強い。弾丸を次々に弾き返していく。
だが、この弾丸すらも囮だった。風の防御範囲を飛び越えて、刺客本体がまたもや上方から現れた。
「フオッ!」
人の声とも機械音ともとれる掛声とともに、短刀でユタを狙う。
「面倒臭がりという割にはよく動く奴だ」
相手に接近されると、ダグラスの爆弾銃やユタの風では攻撃がしにくい。仲間を巻き込む恐れが高いからだ。だが逆にリークウェルは接近戦で無類の強さを誇る。
サーベルの切っ先いくつもの軌道を描く。最初の一降りで短刀を握る手を突いた。が、首と同じく、手にも刃が刺さらない。下手に力を入れて突けばサーベルの刃の方が折れてしまっただろう。リークウェルはそのことも予測しており、折れない程度に力を制御していた。
(やはり……こいつには単純な打撃や斬撃は通用しない)
そのことを確認し、素早く狙いを変える。今度は短刀そのものを狙った。息をもつかせぬ怒涛の突きを、短刀の刀身めがけて放つ。
これらの動作は常人ならば目にもとまらないほどの速度で行われたのだが、その間刺客も何もしないわけではなかった。
「ハッ!」
四度目の突きを放った直後、リークウェルは急にのけぞった。その額を、刺客の左腕(らしき部位)から放出された一発の弾丸がかすめる。
「ソンナ細イ剣デイクラ突イテモ無駄ダ」
刺客とリークウェルが睨みあい、わずかに動きが止まった。その間にユタとダグラスはエルナ、フーリ、ジェラートとともに後方へ退いて距離を取っている。
「オ前タチノ攻撃手段ハ把握シテイル。オレヲ倒スコトハ出来ナイ」
「それはどうかな? 生憎オレたちは諦めることを知らない」
「ナニ……?」
刺客が言った瞬間、その手に握られていた短刀の刀身に蜘蛛の巣状のヒビが入り、あっという間に広がって刃を砕いた。刃物は横方向からの衝撃に弱い。
「ホウ、イマノ攻防ノ間デ短刀ノ横腹ヲ……」
「それだけじゃあない」
短刀が砕けるのを待っていたかのように、今度は刺客のマントに溝が生じた。麻布でできたマントの至る所に裂け目が生じ、それぞれが広がっては繋がる。
「ヌゥ……!」
「拝ませてもらおうか、お前の正体を」
いくつかの裂け目が合流し、ついにマントが破けて地に落ちた。そして、その上に切れ切れになった包帯がハラリと舞い降りた。