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第152話・処罰の名は再生

 私は今、再びこの島に来ている。六年ぶりに訪れた島は暗闇の雲に覆われていた。一度は晴れたこの島の空がなぜまた雲に覆われているのか。少し気になったが、すぐにどうでもいいことだと判断した。これから私のなすべきことに比べれば実に微々たることだ。


 ああ、全く忌まわしい。今となってはフェニックスの気持ちが身に染みてよくわかる。圧倒的強者に対して何度も向かってくる弱者どもの、なんと小賢しいことか。いくら(うじ)がたかってこようと玉を曇らせることは出来ぬというのに。喉元過ぎた熱さをすぐに忘れるのは弱者の宿命か? 全く、愚かだ。


 ……愚か。ふん、それを言うのなら私も一つの愚行を犯してしまっている。忘れることなぞ出来やしない、おそらくは我が人生で最大の汚点となるであろう愚行。


『いただいたぞフェニックスッ! 私はお前の魂を完全に支配した!』


 そう叫んでしまった自分が疎ましい。


 至天の塔でのフェニックスとの戦い。先手は私が取った。私の投げた短刀を、奴は避けようとせずにわざと受けて見せた。予想通りの展開だった。私は能力を使い、一瞬無防備になった奴の魂を奪いにかかった。膨大なエネルギーが私のホテルの中に飲み込まれていくのを感じた。だが、ここに誤算があった。そのことを私は後になっても気付けなかった。おのれフェニックスめ。まさかあの時、あんな小細工をしていたとは。


 光の反撃までは予想の範疇内だった。魂を奪うことが可能だからと言って、神の力を舐めていたつもりはない。そう易々と倒されるはずがなく、何かしらの反撃が来るだろうということは予測していた。私の体は炎に焼かれ続けてさすがに弱りかけていた。この肉体を持ってしても、あの光に長く耐えることは出来なかったであろう。私が奴の魂を完全に奪うか、奴が私の肉体を完全に焼き尽くすか。どちらが早いかの勝負だった。


 結果から言えば、私は勝った。そう、あの時は勝ったと思いこんでいた。そして現在でも間違いなく勝利だと言える。私の体には確実にフェニックスの力が宿っているのだから。……ただ、完全なる勝利ではなかった。


 私はフェニックスの魂を奪った。魂は『紋』の核となり、私に神の力を与えた。永久に続くかのように思えた激闘の果てに、私はそこに立ち、フェニックスの姿は消えていた。これを勝利と言わずして何と言えようか。


『おお、これはこれは……! よくぞご無事で』


 自力で階段を降りた時、サナギとサナミが塔の一階で待っていた。


『その、その、方が、弟君ですか』


 私は弟の死体を担いで戻ってきたのだ。戦い疲れた体には重い負担ではあったが、これから必要なものだと思って連れ帰った。……無論、私に刃向った弟になぞ用はない。弟の持っていた銀翼の『紋』が欲しかったのだ。最大の難関はクリアしたが、まだやるべきことがある。そのために小うるさいサナギ達の言葉も大目に見てやることにした。


『……私は少し寝る。お前たちはその間に、コイツを改造しておけ』


 『紋付き』の死亡は『紋』の消滅を招く。弟の場合もその例に洩れず、『紋』が肉体から離れて消えそうになった。だがその時すでに、私は能力を発動していた。我が能力は魂を引きつける能力。『紋』は魂の結晶。弟の体で『紋』を構成していた魂は、私のホテルに吸収されたのだ。


 いや、飲み込むだとか吸収するだとかいう表現は正しくない。このホテルはあくまでも宿泊客の望みを叶えるだけ。それに惹かれた魂の方が勝手にホテルへ飛び込んでくるのだ。……ただし、心の底から望む誘惑には誰も抗えないこと、そして一度宿泊の契約をしてしまったら(オーナー)の追放宣言以外の手段でホテルの外に出ていくことが出来ないこと、この二点を考慮すれば結果的には吸収という形になってしまうのだが。


『新しい力の初お披露目だ。この愚か者を死なせたまま、『紋』だけを生き返らせてやる』


 私はホテルから弟の『紋』を構成していた魂を追放し、弟の肉体に注入した。しかし、弟の体は死んだままだ。これではすぐにまた『紋』が離れて行ってしまう。そこで手に入れたばかりの偉大なる力を使うのだ。フェニックスは他の生物に生命を与えることができる。


『神の力が本物かどうか……。試すのにちょうどいい機会でもあるな』


 弟の閉じたまぶたにそっと指先を乗せ、私は自身の『紋』に命じた。『紋』が輝き、目に見えない炎が、私の背中から腕を伝って指先に燃え移っていく。爪の先に滴る雨粒のような光が灯った。


『しかと見ておけサナギ、サナミ。お前たちは神の偉業を見ることのできる、恵まれた存在なのだぞ』


『は、はい……っ!』


 双子の科学者が目の色を変えて私の指先に食い入っている。……自分たちが孤児に言っているのとよく似たセリフを言われたことには気づいていないようだ。


 どんなに医学科学が発展しても決して追いつけない、究極の手術が始まった。ほんの少し、かろうじて生きていられる程度の生命力を弟の体に注ぎ込む。少々拍子抜けるぐらい簡単に、それは果たされた。


『おお、なんと!』


『これは、これは! スゴ、スゴいよ。この力は、は、まさしく神の証……!』


 弟の上体がびくんとのけぞり、鼻先がかすかに動き始めた。死者復活の瞬間だ! サナギとサナミはすっかり興奮してしまっている。


 しかし、私の心は少しも高ぶらない。最低限やるべきことはやった、という微小な達成感こそあったものの、とにかく疲れ切っていた。早く体を横にして休みたかった。後の処理はサナギに任せ、私は塔の室内で眠った。何の夢も見ることが出来なかったほど深い眠りに落ちた。


 目覚めた後に聞いたことだが、私は丸二日ほど眠ったらしい。そして乗ってきた船が消えているという報告を受けた。連れてきた孤児たちが乗って行ったのだろうが、私にはどうでも良いことだ。弟の体はまだ生きていた。私は今度はその体に大量の生命力を注ぎ、身体能力の強化を促せた。船がなくなろうと関係ない。弟の翼に乗って帰るだけのことだ。


『神の力……。クケケ、とうとう、とう、やりましたな』


 サナギとサナミがそう言い、私もすっかりその気でいた。全てを支配したと思った。


 フェニックスが己の魂を分散させていたことなど、少しも気が付かなかった。それが私の唯一の愚行であった。

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