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第150話・SIDE〜『フラッド』〜

 『フラッド』という名を付けられるよりもずっと以前から、彼ら五人はともに生活していた。一番古い記憶の瞬間から現在に至るまで、彼らは常に一つの集団として行動していた。そして、これからもずっとそうだと誰もが信じている。


「ったく、どこにいやがんだ。あのクソ姉弟は」


 ダグラスが腹立たしげに言い捨てる。日が暮れて、あたりはすっかり暗くなってしまっている。『フラッド』の一行はフーリを先頭にして歩き続けるが、目的の人物たちへはたどり着けない。追跡相手は森や集落の間を複雑に蛇行しながら移動していたらしく、その後を慎重に追う一行は無駄な体力と時間を使わされていた。


「なんか、似たようなとこグルグル回ってる感じ……。もっとショートカットできないの?」


「確実に追跡するためだ。焦ることはない。それに、王宮住まいの連中よりもオレ達の方が夜の野戦に慣れている。時間がかかることより、下手に急いで逃げられる方が厄介だ」


「そりゃそうだけどさ……」


 ユタが頬を膨らませる。リークウェルはそれをなだめる役に回っているが、早く標的にたどり着きたいという気持ちは同じだ。それほどDr・サナミとサナギは、『フラッド』にとって最も重要な標的であった。


 『フラッド』は、誰一人として自分の両親を知らない。彼らの両親について明らかな情報は、ゼブの侵略戦争に巻き込まれたことと、その結果としてすでにこの世を去っていることだけだ。彼らは産まれながらにして孤児となり、Dr・サナギに拾われた。その当時のサナギはまだゼブと手を組む前であったが、人体実験の被験者を得るため、戦災孤児を引き取っては育てていたのだ。


『クケケ。君たち、たちは、まことに恵まれておる。この私の、の、最新鋭の技術を、を、誰よりも身近に体験できるのだから、からね』


 リークウェルは、幼い時分からそう言い聞かされて育ってきた。五人の中で最も年上で、それ故最も早くサナギの実験体として利用された。リークウェルが受けた実験は、『紋』の移植実験であった。他の『紋付き』の肉体から皮膚ごとえぐり取った『紋』を、リークウェルに肉体に移植するというものだ。結果から言えばそれは失敗に終わった。この時のサナギはまだ『紋』が魂に関係するものだと気付いていなかったのだから、当然といえば当然である。


(あれは地獄だった。移植された『紋』とオレの肉体が互いに拒絶あい合い、凄まじい痛みに襲われた。覚えているだけでも最低四回は死にかけた。サナギの奴め、何が”私の能力なら何度でもやり直せる。だからお前は絶対に死ぬことがない”だ。何度も何度も繰り返して激痛を与えられるぐらいなら、さっさと死んだ方がまだマシだ。……この島に来るまで、ずっとそう考えていた)


 歩きながらリークウェルは思い出す。この島は、『フラッド』の運命を大きく変えた思い出の地でもあった。


 リークウェル以外の四人も、同じような実験を強いられていた。研究室内の施設で昼夜を過ごし、空を見ることなどほとんどなかった。生きるのに必要な最小限の食糧と水だけで生活し、頼れる存在は誰もいなかった。だから、子どもたち五人が互いに支えあうしかなかった。年長がリークウェル、その一つ下がダグラスとエルナ。さらにそれから二つ下にジェラート。そして、リークウェルから見て四つ、ジェラートから見て一つ年下がユタである。


(オレが十一歳になった時、サナギたちがこの島へ旅立った。そのまま二度と帰って来なければいいと思っていたのに、奴らは帰って来た。しかも、あの男を連れて)


 サナギがサイシャの島で出会った男、つまりはベールの兄。その男に初めて会った時、リークウェルは全身に寒気を感じた。


(あの男は普通じゃない。何か、根本的なところでオレたちとは違うものを感じた。……そいつとサナギがもう一度この島に旅立つ時、オレたちも強制的に同行させられた。たぶん、フェニックスの力が手に入り次第、すぐにオレ達に実験を施すつもりだったんだろう)


 五人は、ベールの兄とサナギ、サナミが上陸した後、島から逃げ出そうと画策した。しかしそれは不可能だった。その当時のリークウェルは十二歳。サイシャ周辺の荒海を船で越えるなど出来るわけがない。そもそも船を操った経験すら一度もないのだ。


 もしもサナギ達がフェニックスの力を得て戻ってきたら、今度はどんな実験をされるかわからない。早く逃げ出したいという思いは荒れる波に阻まれ、焦燥と悲しみだけが胸の中に渦巻いていた。機械仕掛けの船とはいえ、舵を取るのは人間がしなければいけない。五人の中で最も腕力のあるダグラスでも、波に逆らって船を動かすことは出来なかった。ユタは泣きだし、エルナとジェラートは絶望に悲嘆していた。リークウェルとダグラスだけが懸命に船を動かそうとあがいた。


(疲労で目がかすみ始めた頃、唐突に窓の外が明るくなった)


 甲板に出たリークウェルが見たものは、島の上部から広がる白い光であった。船は崖下にあったため光の発信源がどこかは見えなかったが、言うまでもなくそれは至天の塔の最上部である。ベールの兄とフェニックスの戦いが行われた際、テンセイを襲った断罪の光は塔の外部にまで溢れ出ていたのだ。


 溢れる光の中から、一際強く輝く塊が現れた。光の塊は空中をフワフワと漂いながら、徐々に船へと近付いてきた。


(あまりの眩しさに、オレは目をつむった。……すぐ後ろに来ていたダグラスも同じだった)


 目を閉じた瞬間、リークウェルは膨大な熱の放出に飲み込まれた。後に分かったことだが、熱に飲まれたと思ったのは感覚だけで、背後にいたダグラスは何も感じなかったらしい。熱が引いたと感じてリークウェルは目を開けた。そして振り向いた。


「あの時は驚いたぜ、リク。振り向いたお前の顔に、『紋』が焼きついてたんだからな」


 リークウェルと同じことを考えていたのか、ダグラスが口を開いた。決戦の時を間近に控え、誰もがあの日の出来事を回想しているようだ。


 『紋』をつけられたリークウェルは、吐き気と高熱に襲われて気を失った。そして、リークウェルが目を覚ました頃には、空の雲がなくなり、波が眠ったかのように静まっていた。

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