第15話・怪しいウワサ
『東大陸の北部に位置するバム採掘場。そこにゼブ軍の斥候と思われる不審者が出没。至急調査に出向くべし』
以上が、テンセイ達がウシャス軍人として最初に受けた任務である。任務を与えられたのは入隊した翌日。そしてその日の午後にテンセイ、ノーム、そしてレンの三人は採掘場へ到着した。
「コサメはどうしたんだ? オッサン」
「本部で留守番。本人は一緒に来たがってたけど、ラクラ隊長がどうしてもダメだって言うからな」
「二人とも無駄口を叩くな」
テンセイの傷はほとんど治りかけている。自身の回復力もさることながら、軍医の高い技術によるものだろう。
「最近この鉱山から発掘された鉱石に、未知の成分が含まれていたらしい。現在我が国の学者達が研究しているが……ゼブの連中も目をつけてきたようだな」
「質問いいッスか?」
ノームが手を挙げ、レンは黙って頷く。
「もし本当にゼブのスパイがいた場合、どうすりゃいいんスか? 戦って捕まえろと?」
「新人にそこまでは要求しない。我々の任務はあくまでも調査だ。本当にゼブのスパイなのか、人数はどのくらいいるのか、目的は何なのか、それらを調べて報告する。それ以外のことは絶対にしてはならない。いいな」
「了解」
とは言うものの、ムジナを使えるノームならともかく、テンセイの性格は隠密調査に向いていない。それに、新人と小隊長の三人だけでチームを組ませるのもおかしい。
気になったら即行動する性質。早速質問することにした。
「あのー……」
「今日は休業日だから作業員はいない。敵にとってはチャンスだが俺達にとっても同じだな」
「ちょっと聞きたいことが」
「ノーム君、テンセイ君、早くさっきの打ち合わせ通り配置につきなさい」
それだけ言ってレンは自分の配置へ行ってしまった。
(な〜んか、明らかに無視されてたな)
が、今はおとなしく従うべきだと判断し、テンセイもその場を去った。
数時間が経ち、辺りが暗くなってきた。
テンセイは採掘場の内部・入り口付近に待機している。
「ふぁ……。いるかどうかもわからない相手を待つのも退屈だな」
「不審者が出たっつー情報自体がガセかもしれないしな。無駄足踏む可能性あるから新入りの下っ端を派遣したんじゃねーの?」
(ああ……。そういう事か)
周囲の見回りをしていたノームが帰ってきた。レンは他の場所で待機している。
「なぁオッサン。『フラッド』って名前知ってるか?」
「いや?」
「東西の大陸を自由に放浪しながら賞金首を捕え、どこの国家にも属さずに生きる謎の集団。そのチームの通称が『フラッド』だ」
空には星が出ているが月はなく、採掘場の外は闇に包まれている。テンセイの足元に置かれたランプの光の中で、ノームは珍しく真剣な顔つきを見せる。
「そいつらは賞金首や各地の捕獲困難な生物を捕まえたりして金を得ているが、基本は自給自足の生活をしている。国家間のやり取りや政治なんかには全く興味を示さないし国境も平気で越えるらしい」
「そんな事が可能なのか? ウシャスはともかく、ゼブは領土への侵入には厳しいって聞いたぞ」
「……出来てるんだよ、それが。理由は……シンプルだが、『強い』からだ。チームのメンバーはたったの5,6人程度らしいが、一人一人の実力は桁違いだ。数年前にその実力を見込んだゼブ軍が『フラッド』を自軍に取り込もうとした事があったが、その時に派遣された100人からなる軍隊があっという間に返り討ちにされたらしい」
「そりゃスゴイな」
話を聞きながら、テンセイは地面の上に横たわる。乾いた土のひんやりとした感触を受けながら、腕に頭を乗せて枕代わりにする。
「ちなみに『フラッド』っていう名前はその時につけられたんだ。飲み込むかのように軍を壊滅させ、おびただしい死体を残して立ち去った。その様子がまるでダムを決壊させる洪水のようだから『フラッド』……だってよ。賞金のかけられた犯罪者を捕らえてくれるのはありがたいが、出来るだけお近付きにはなりたくない、ってのがどこの軍にも共通の考えらしいぜ」
「”さわらぬ神にたたりなし”か。で、なんで今その話をしたんだ? まさかここに来てる(かもしれない)不審者がそいつらかもしれないってか?」
「いや……」
何故かノームは口ごもり、それ以上言わなくなった。テンセイも追求せず、上着を布団のように被って仰向けに転がる。
「ノーム、ちょっと寝ていいか? 後で交代するからよ」
「おう、オレが見張っててやるぜ」
「ん、頼……まァあ……」
あくび交じりに言って目を閉じる。疲れがたまっていたのか、直に寝息を立て始めた。やがてそれは大きないびきとなる。
(寝てる時まで豪快だな、この人は。そのぶんだけ頼もしいけどよ)
ノームはランプの油を確認する。どうやら夜明けまでは持ちそうだ。岩壁にもたれながら座り込み、立てたヒザの上に両腕を組む。
(……軍の道場で練習してた先輩から聞いたウワサ。”フラッドは今、ウシャス領の北部にいる”……。ま、あくまでもウワサだよな。うん)
――テンセイのいびき以外、何も聞こえない。ランプの炎のゆらめき以外に動くものはない。話す相手のいなくなったノームに、ゆっくりと眠気が迫ってきた。
「いかんいかん。オレまで眠ったら見張りになら……な……」
疲労がたまっているのはノームも同じである。責任感という名の抵抗もむなしく、ノームの細い目も徐々に閉ざされていく。やがて、静かな寝息を立て始めた。
そして、その一部始終を見ている二つの影があった。場所は、テンセイ達が打ち合わせをしたガケの上。木の陰に隠れながら双眼鏡で入り口を観察している。
「根性のない見張りだな。もう居眠りだ」
「他に人影はないか?」
「大丈夫だ。念のためにあと1,2分様子を見てから侵入しよう」
声を潜め、観察を続ける。その二人が着ているのは紺の軍服――。
テンセイが村で目撃したのと同じ、ゼブの軍服であった。