第149話・場面は再び嵐の海へ
テンセイは、己の知る範囲の全てを話した。
「今までオレは、ずっとウソをついてた。オレは何も知らない農民なんかじゃなくて、神に呪われた罪人だ。フェニックスのことを知った上で……今まで黙ってた」
揺れる船の中、ノーム、クドゥル、その部下スィハに向けた話は、ここで終った。部屋の隅にはゼブ軍人のルバがいまだに気を失ったまま転がっている。長い、長い沈黙が続いた。ノームに限り、この話を聞くのは二度目であるが、何も言えずに押し黙っている。
幾度かの大波にあおられた後、クドゥルが重い口をあげた。
「……そんな話が本当にありえるわけがないだろう、と言ってやりたいが……お前の異常な生命力と、我々の傷が瞬く間に完治したという事実を目の当たりにすると、もはや疑いようがないな」
さすがのクドゥルも皮肉を言う余裕すらなさそうだ。スィハに至っては呆けたように口を開け、いまだに脳内で話の整理をしている途中らしい。
「至天の塔の最上階で何が起こったのか、詳しいことは推測するしかないが……」
テンセイは大きく息をつき、壁に頭をもたれる。
「魂に関係する能力を持った『紋付き』と、生命を操るフェニックスが戦った。オレはただ巻き込まれて打ちのめされただけで何も見ることは出来なかったが、これまでの経過からおおよその結果はわかる」
「コサメにフェニックスの力が移ったんだな」
ノームが舵を取りながら口を挟む。テンセイは頷いた。
「ああ。といっても、神の力のごく一部だけだがな。あの力があったからこそあの島を生きて出られたし、長くコサメの近くにいたオレの体は常人離れしたものになってる。……ノームも感じねぇか? お前もコサメと一緒に過ごすようになって以来、少しずつ生命力が強くなっているのを感じてるはずだ」
「……」
ノームはテンセイに背を向けたまま答える。
「……かもな。言われてみればそうかもしれねぇ。自己流で修行してたとはいえ、ゼブの幹部を出し抜いて倒すなんて以前のオレにはムリだっただろう」
「あくまでもコサメ自身は無自覚だが、フェニックスの力は周囲の人間にも影響を及ぼす。気になるのは、なぜコサメにこの力が宿ったのかだ」
想定される答えは二つ。一つは、戦い傷ついたフェニックスの魂が分散し、コサメの体に乗り移ったという考え。もう一つは、身の危険を感じたフェニックスが自ら魂を分離させ、故意にコサメの体へ転移したという考えである。Dr・サナミの独自の説によると、『紋』とは別の生物の魂が宿ることで発生する現象らしい。つまり、何らかの形でフェニックスの魂がコサメに宿ったということには間違いない。
「先ほどは疑いようがないと言ったが、この点だけは理解しがたいな。あの少女の体に不死鳥の魂が宿っている。……我々はずっとフェニックスの魂とともに行動していたことになるのか」
「魂が分離だの人に宿るだの、その時点でオレにはサッパリだよ」
ノームが吐き捨てる。
「人に宿るってのはともかく、魂が分離するって現象はありえると思うぞ」
少し考えた後、テンセイが言った。
「例えばだ、一本の木があったとする。その木は、生きている間は魂を所有してるってことだ」
「うむ」
「その木の枝を一本取って、別の場所に植え直すとする。そうすると、木の種類や環境にもよるが、元々の幹から切り離された枝が新しい木に成長することがある。その新しい木も生物なわけだから、魂を持ってるわけだろ? 魂の分離ってのはこういうことだと思う。生殖を行わなくても一つの生命体が二つに分離し、新たな生命となる」
「ん〜、わかったようなわからねぇような」
「感覚で理解しろ。いや、もしかして、魂が一つだとか二つだとかって考える方が間違ってるのか? 魂の正体は実は水みたいなもんで、簡単に一つ二つって区切れないようになってるとか……」
「そーいう理屈はサナギどもが考えてりゃいいんだよ」
「だな」
テンセイもノームも細かい理屈は苦手な性質だ。すぐに話を切り替えることにした。
「ともかくだ。至天の塔の戦いで、フェニックスの魂がいくつかに分離し、その一つがコサメに宿った。そして、同じくフェニックスの魂を手に入れた奴がいる」
「……リークウェル・ガルファ。あの憎らしい『フラッド』のリーダーか」
クドゥルの表情が不機嫌になった。ここが室内でなければツバの一つでも吐き捨てたかもしれない。
「なぁ、まさか、あのリークウェルがフェニックスと戦った奴か?」
「おそらく違う。あいつとは少しだけ会話をしたことがあるが、どうやらあいつの持っている『紋』も、コサメと同じようにフェニックスの一部分だけの力しか持っていないらしい」
では、リークウェルはどこでフェニックスの力を手に入れたのか。テンセイの考えうる可能性は一つしかなかった。
「オレが塔から落とされて目を覚ました時、一艘の船が島から遠ざかっていくのが見えた。そしてその船には複数の人間が乗っていた。……ゼブでDr・サナギと会った時、オレはその船に乗っていたのはサナギ達だと思った。だが、よく考えると、その船に乗っていた奴らは黒い布で体を覆っていた」
「複数で黒い格好? じゃ、まさか」
「ああ。あの船に乗っていたのは、後の『フラッド』だ。今のメンバー全員がそこにいたとは限らねぇが、少なくともリーダーのリークウェルはあの時サイシャにいた」
「なるほど、これで合点がいった」
クドゥルはまだ眉間にシワを寄せたままだ。
「昔の噂だが、Dr・サナギは孤児を集めて人体実験のモルモットにしていたらしい。あの五人がサナギの道具としてサイシャの島に同行させられ、偶然か故意にか、フェニックスの力を得たというわけか。……連中の常識離れした実力も、フェニックスの力によるものと考えれば納得出来る」
あくまでも仮説ではあるが、クドゥルはそうと確信した。常識の通用しない領域の話なのだから推測に頼るしかない。
――この時、テンセイはあえて一つの問題に触れようとしなかった。口に出すことすらはばかれる深刻な問題を、意識的に話題にあげなかった。
それは、サナギの使う黒翼の悪魔が「ベール」という名で呼ばれていたこと。