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第142話・舞台裏にいた男

 愚かな弟よ。いったい何を思って私の道から外れたのか。幼少のみぎりに、兄弟二人で生きていこうと誓ったではないか。なぜ今更になってそれを裏切った。罪深き弟よ。お前は私を殺そうとした。荒れた海を越える際、お前は私を船から突き落した。飲料水に薬を混ぜていたのだろう。急激に眠気に襲われた私を、お前は暗い海へ捨てた。あの薬はどこで手に入れた? 最初から私を殺すつもりで持ってきていたのか。


 許さない。許さない。二重の意味で許さない。一つは私を裏切って殺そうとしたしたこと。もう一つは、あの程度のことで私が死ぬと思っていたこと。ふざけるな。私の力を忘れたのか。


 私は海中を泳いでサイシャへたどり着いた。不可能だと思ったか? 私以外の人間ならば不可能だろう。だが私は成し遂げた。薬のせいで少々頭が重かったがな。そして、サナギとサナミ(名前は後で知ったのだが)に私を拾わせた。わざと奴らの目の前で気を失ってな。その方が後の計画に都合がいいと判断したからだ。……お前に復讐を果たし、フェニックスの力を手に入れるために。


『我ら姉弟、貴方様のためにこの命を使います』


 サナギにそう言わせるようになるまで、時間はほとんどかからなかった。フフ。科学者という人種は扱いやすい。奴らの興味を引く材料さえ用意して目の前にちらつかせれば、簡単にしっぽを振る。奴らは私の力に興味を持ち、そして力の前に屈伏して忠誠を誓った。フフフ。同じ「弟」ではあってもこっちの方は裏切りそうにない。そもそも目的が一致しているのだから当然だ。


 二年の歳月を費やして全ての準備を整え、私とサナギは再びこの島を訪れた。準備というのは、サナギの実験対象であった五人の子どもが、ある程度まで育つのを待っていたのだ。サナギが独自の理論で組み立てた実験により、常人以上の能力を持った子ども達。『必ずや役に立ちます』とサナギが言うのだから待ってやった。私としては、計画を急ぐ必要は全くない。だから待った。


 それでも、いざ旅立つとなると心が震えた。お前はこの島で、きっと平穏に生活していただろう。お前は人当たりがいいからどこに行っても受け入れられる。私が死んだと思って、幸福な日々を送っているだろう。……ああ、楽しみだ。お前の捨てた過去が、お前の平穏をぶち壊すのだ。


「ご機嫌よう、サイシャの人々。恨むのなら私の弟を恨み給え」


 サイシャに上陸して、真っ先に集落らしき方向へ向かった。何やら多くの人間が広場に集まり、祈祷のようなものをしていた。私はとりあえず彼らを殺した。実に簡単な作業だった。中には筋骨隆々とした狩人らしき者もいたが、所詮そいつらに倒せるのは獣だけだ。誰一人として私の速さにはついてこれない。この集団の半分以上は、自分に何が起きたのかすらわからぬまま死んだことだろう。


 建物の中に人の気配を感じたので、そこへ入ってまた殺した。広場には弟の姿は見当たらなかったが、この建物の中にもいないようだ。どこか違うところにいるらしい。それを探さねばならないということを考えると少し面倒くさくなって、確実に全員が死亡したかどうかの確認は省いた。どうせ致命傷であることには変わりないのだから問題ない。


 さて……。では、弟はどこにいるのか? それはそこらの人間に聞くのが一番手っ取り早い。死体から話を聞くことも常人には不可能だが、私には可能だ。それが私の能力なのだから。しかし、少々予想外の結果が出た。


「……いない? おかしいな。あなた方、誰も私の弟のことを存じないのですか? 誰の記憶の中にも弟の姿や名前が出てきませんが」


 誰に聞いても結果は同じだった。どうやら弟は村人たちに己の存在を隠しているらしい。村人が私に嘘をつくことは出来ないのだから、この情報は絶対の事実だ。


 だがヒントは得られた。村人の記憶の中に、その影が潜んでいた。


「至天の塔……。選ばれた防人以外は入れない場所? ふむ。つまり、弟が身を隠すには都合のいい場所というわけですな。ああ、丘の上にあるあの塔のことですか。それはどうも。貴重な情報をありがとうございます」


 私は最大限の敬意を払い、村人との会話を中止した。行先は決まった。後の始末はサナギたちに任せることにして、私は塔へ向かった。途中にある林の中で、塔の方から集落へ向かう人物の姿が見えた。が、弟ではなかったので、それも無視してやり過ごした。今は一刻も早く弟に会いたい。


 そして、そして、そして! 私はやっと塔へたどり着いた。扉を開けると、いた。二年ぶりに再開した弟の姿は、幸福に生きる青年そのものだった。だが私の姿を見たとたん、表情が凍りついた。なんとも間抜けな顔だ。私は裂けんばかりに口の端を吊り上げ、思い切り弟の腹を蹴り飛ばした。


「ぐあ……ぁ……!」


「久し振りだなベール。だが再開の喜びを語りあうのはもう少し後だ」


 弟が壁に叩きつけられ、床に倒れた。私はベッドを蹴りあげた。無論、ベッドが弟に覆いかぶさるように落ちることを計算して。少しは動きを封じるのに役立つだろう。……声が聞こえなくなった。どうやら気を失ったらしいが、それほど深くは痛めていないからすぐに気がつくだろう。


 弟を殺すのはまだだ。ここであっさりと殺してしまっては面白くない。とりあえず、弟がここにいるということが確認できただけで十分だ。


 私は、次の目的のために行動を開始する。上階へあがると思しきはしごを見つけたので、迷わず足をかけた。はしごを上った先は、ただひたすらに長い螺旋階段の塔だった。先の見えない行軍か。面白い。私の目指す未来は誰も歩いたことのない道。ここはその門出にふさわしい。


「待っていろよ……フェニックス」


 階段を上る途中、ポツリと言葉が飛び出した。人間というものは、長距離を移動していると独り言が出やすくなるものらしい。


「全ての命を司り、無限の寿命を持つ神。……その位、私がもらい受けよう」


 私にはそれが出来る。私は全てを可能とする。


 私の目的は、フェニックスを支配すること。つまりは神の座を奪うことだ。

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