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第140話・地獄の島

 凶報を伝えにきた村人は、己の役目を遂行すると同時に息絶えた。文字通り命を終わらせた。テンセイは初め、何が起きたのかわからなかった。半ば呆けたような状態で、村人の背中から血が溢れるのを眺めていた。


「村が……? どういうことだ?」


 遠くで鳥の声が聞こえた。ぎゃあぎゃあとやかましく悲鳴をあげながら、鳥の群れが集落の上空を周回している。それを見たとき、テンセイは急激に悪寒を感じた。二年近く前、ベールが島を訪れた時にも感じた、強烈な刺激の予感が走った。ただし、あの時は希望と期待に溢れた予感だったが、今テンセイの胸の内に渦巻いているのはドス黒い不吉な予感だけであった。


「うっ……うオオオオオ!」


 たまらず叫んだ。きびすを返し、背中にかいた汗を吹き飛ばすかのような凄まじい勢いで塔へ駆けもどり、扉を開けて中へ転がり込んだ。


「どうしたんだい? テンセイ」


 ベールが部屋の奥から顔をのぞかせる。


「村が危ない! 急いで行ってくるッ!」


 ベールは戸惑った。テンセイの表情が焦りと苦痛にゆがんでいる。今までに見たことがない顔だった。この男をここまで焦らせるからにはかなりの緊急事態に違いない、と本能的に思い知らされた。


「ベールはここで待ってろ! クソ、もっと早く気づいていれば……」


 事実、テンセイは己の未熟さを責めていた。塔の外に飛び出し、神経を張り巡らせれば、あたりの空気がいつもと違うことに気づく。かすかに血の気配がする。その発信源はすぐそこに倒れる村人だけではない。集落の方からもゆっくりと漂ってきている。間違いなく異変が起きている。そのことを、村人が決死の覚悟で伝えに来るまで気づくことが出来なかったことを悔やんでいた。


 テンセイがふもとの集落にたどり着いた時には、全てが終わっていた。


「誰か! 誰か無事な奴はいないのかッ!」


 テンセイは叫んだ。あたり一面に立ち込める死の香りに抵抗するため、精一杯のどを震わせて叫んだ。周囲を見渡せば、ところどころに死体が倒れているのが見える。いずれの死体も、ついさっきまで生きていたことを示す気味の悪い生暖かさを放っていた。


「ヒサメ! ヒサメはどこにいる!?」


 この事件の結果はすでに語られている。”――ある村に、八十四人の村人が住んでいました。そこに、一人の旅人が訪れてきました。旅人がやってきてから二年後、村に一人の赤ちゃんが生まれました。赤ちゃんが生まれてすぐ、新たに三人の人間が村を訪れてきました。”


 ”――そして、八十二人の村人がいなくなってしまいました。”


 この事件が起こる直前、ヒサメは急に産気づいた。予想よりもわずかに早い産気に周囲の者は慌てたが、ともかく急いで出産に取りかかった。そして、村人のほとんどが集落の広場に集まって無事な出産を祈っていたのだ。防人の子どもは村の宝。狩人や機織りの女も仕事の手を安め、祈祷をささげていた。そこに悲劇が飛びこんできたのだ。


「うオオオァあああッ!」


 広場は死体で埋まっていた。蛆のたかる余裕すらないほどの血が地表を覆い、こと切れた人の姿が無数に横たわっていた。広場の正面には診療所がある。ヒサメはその中で出産をしていた。


「ヒサメぇッ!」


 テンセイは迷わず診療所へ飛び込んだ。


 そして数分後、再びテンセイは二つの奇跡を抱いて広場に出てきた。診療所内の状況や出来事を詳しく描写することは避けるが、診療所内も広場と似たような状況であった。しかし、かろうじて生きている者がいた。


「……行こう。至天の塔に」


 テンセイは、両手で一人の女性を抱えていた。テンセイとベールが心から愛した女性、ヒサメの体を抱えて出てきたのだ。ヒサメは赤い布一枚で体をくるまれているのみ、その下は裸だ。いや、正確には白い布にくるまれていたのだが、血に赤く染まってしまっている。ヒサメの唇からもわずかに血が流れ出ていた。しかし、動いていた。手傷を負って気を失っているものの、ヒサメは生きていたのだ。


「フェニックスの伝説……! フェニックスは不死の生命力を持ち、またそれを他の生物に与えることができる……」


 生きていたとはいえ、決して無事ではない。ヒサメの生命力は限りなくゼロに近い状況だ。それを救うにはフェニックスの力しかないとテンセイは感じた。


 テンセイはヒサメを抱いたまま走り出した。そのヒサメもまた、胸に小さな命を抱いていた。柔らかな布につつまれた小さな命。ヒサメは、自らが産んだ命を、大事に胸に抱いたまま眠っていた。


 二つの命を抱いて、テンセイはフェニックスの眠る塔へ急いだ。村人を虐殺した犯人は誰なのかなどと少しも考えなかった。ただひたすらに走る。ヒサメと子どもを抱いたままでも、速力は少しも衰えない。それどころか逆に、集落へやってきた時よりも速度が増している。まるで塔に引き寄せられるかのように。


「クケ……? あれは生き残りかね?」


 猛烈な勢いで走るテンセイの後ろ姿を、ある人物が民家の物陰から目撃した。


「どこかに走っていくよ、よ」


「クケケ。あっちは、は、あのお方が行かれた方向じゃあ、じゃあ、なかったかね」


「そうだね、ね。ククケ。どうする? 私たちが処分する、するかね?」


「ううむ。どうするかね、かね。とりあえず後を追って、て、みようかね」


「クケ、あの男、足が速すぎて私たちでは、ではで、追いつけないよ」


「ケク、ゆっくり、くり、追えばいいさ」


 そんなやり取りがあったこともテンセイは気づかなかった。


 塔に戻ってきたテンセイは、そこで第三の惨劇を目の当たりにした。塔の入り口の木製の扉が、無残にも破壊されていた。塔の中に踏み込むと、内部までもが荒らされていた。


「テン……セイ……」


 蚊の泣くような声が聞こえた。ひっくり返ったベッドの下にベールが倒れていた。


「ベール!」


「……兄さんが……。僕の、死んだはずの……」


 テンセイはいったんヒサメを下ろし、代わりにベッドを持ち上げてベールを救出した。ベールは背骨を強く打ったようだが、命に別条はなさそうだ。


 しかし、ヒサメの姿を見つけた瞬間、ベールの表情は凍りついた。


「ヒサメ……? まさか……」


「ヒサメはまだ……」


「ああああッ!」


 生きている、とテンセイが言うよりも先に、ベールは突然立ち上がり、テンセイを押しのけた。


「僕のせいだ! 僕が兄さんを殺そうとしたから……!」


 ベールの『紋』が輝いた。

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