第14話・本部でのひと時
救護室は本部一階の大半のスペースを占めており、50近い数の簡易ベッドが並んでいた。いくつかのベッドに人が寝ており、部屋中に湿布や薬品の匂いが漂っている。
「ふぅむ……。あんた、本当に人間か? いったいどんな鍛え方したら、こんなしなやかかつ強靭な筋肉が出来るんだ」
黒縁のメガネをかけた軍医は、テンセイの傷に向かって言葉を投げかける。
「この先生は口は悪いが、腕は確かだ。なにせ『紋』があるからな」
「レン、余計なことを言うなや。ワシの能力は”傷を治す”っちゅう直接的なモンじゃない。傷の具合や筋繊維、神経のつながりなんかがハッキリと見えるようになるだけだ」
「へぇ、それじゃあ実際に治すのは先生の腕前か」
手持ち無沙汰のノームが言う。
「それはそうと、隊長さんはどうしたんスか?」
「一般兵はラクラ様と呼べ。ってかお前らそれ新人の態度じゃねーよ」
「敬語は疲れる」
「フフ。構いませんよ。楽にしてください」
ウワサをすれば影。ラクラ本人が現れた。
「ラクラ隊長、アンタ何でこんなに撃ったんだい。手当てが大変だよ」
軍医が文句を言うが、またもラクラの耳は拒絶した。
「さぁ、コサメさん。お部屋の準備が出来ましたわ。ご案内します」
「おへや?」
「ええ。こんな可愛い子どもを軍人たちと一緒の部屋に入れるわけにはいきませんから。ちゃんとした子ども部屋を」
「テンセイといっしょがいい」
「えっ」
「さーて、新人研修始めますか。隊長」
強引に話を断つ。
「テンセイ君はここで治療を受けといて、ノーム君はオレについてきな。隊長はこの後会議あるんでしょ」
「はい……」
ラクラが肩を落として出て行く。冷静なようでいてかなり感情の起伏が激しい性格のようだ。
その後にレンとノームも続く。
「いやぁ、あの人普段はクールでビシッとしてるんだけどね」
「子どもに弱いみたいッスね」
「隊長は先祖代々軍人の家系でね。幼少時から軍人に混じって修行ばっかりやらされていて、女の子らしい生活が出来なかったんだとか。その反動だろーよ」
「ふ〜ん。ってか、なんでそんなに詳しいんスか」
「……君たちはまず敬語の使い方から学ぼうか」
レンがノームを連れてきたのは、屋内にある道場施設であった。ここにも数人の軍人がいて思い思いに汗を流している。
「君はナイフを使うんだって? 誰かに習ったのか?」
「独学ッス」
「だろうな。現時点でもそれなりに実力はありそうだが……基礎を知っているかいないかでは大きな差が出る。そこで、私が君にナイフ・素手での格闘術を教えてやる」
「出たー。レン小隊長の新人教育」
トレーニングをしていた男の一人がヤジを飛ばす。
「おいお前ら、余計なこと言うな」
レンが制しようとするが、逆にヤジは増える。
「レン小隊長はほとんどの武芸に精通してるのに、実戦だと何故か実力を発揮できないんだよ」
「そのかわり人に基礎技術を教えるのはやたらと上手い」
「ついたあだ名が”新人教育のレン”」
「やかましぃーッ! とっとと朝練に戻りやがれ!」
敬語の使い方が徹底していないのは、ノーム達だけではないようだ。
「いやいや、本当にアンタ化け物じゃないか? 傷の治り方が常人の倍以上だぞ」
「先生、もう治療はいい。それより腹が減ってきた。コサメも待ちくたびれて眠っちまってるしよ」
「体だけじゃなくて態度もデカいな。ま、軍人には気弱なヤツよりも強引なヤツの方が向いとるからな」
軍医はメガネの奥の目を細めて笑う。どうやらウマが合ってしまったようだ。
「ちと、好奇心で聞くんだが、いいかね?」
「ン?」
「いや、あとでラクラ隊長にも聞かれることだろうが、ワシにも教えてくれや。ワシャあすっかりアンタが気に入ったわい」
「別にいいけど、何を聞きたいんだ」
少しの間を置き、軍医は低い声を放った。
「目的は……『復讐』、か?」
「……」
開け放した窓から生温い風が吹き込み、仕切りのカーテンやコサメの被ったタオルケットを揺らす。軍医は療養中の男たちに聞かれないよう声を潜め、さらに続ける。
「数日前、中央海にある一つの島で山火事が起こった。出火の火元は山奥の農村らしいが、その村の住人が一人残らず姿を消していた」
テンセイは黙って聞いている。
「アンタ達が来るのとすれ違いで、我が軍の小部隊がその村へ調査に行った。その結果、住人は誰一人見つけられなかったが、焼け落ちた建物の壁や路上に血を拭ったらしい跡を発見した。さらに、銃による弾痕も確認したそうだ」
「……」
「以上のことから、我が軍は『何者かが村人を虐殺し、証拠隠滅を図ろうとして火を放った』と推測づけた。無論、その犯人は一人ではない。それなりに統率の取れた軍隊であることもな。あくまでも現時点では推測に過ぎないが――そこへ、アンタ達がやってきた。……好奇心がそそられるだろう?」
「ああ、確かにな」
「アンタのこの筋肉。これは機械やトレーニングによって人工的につくられたもんじゃない。『野生』。自然の中に生きる獣のように、骨の髄からみっちり鍛え上げられた筋肉だ。ズバリ、アンタは山育ち。あの焼失した村の生き残りだ」
軍医がテンセイの腕を掴む。数十年のキャリアを持つベテラン軍医は、その腕に太陽のような生命力を感じ取っていた。
「ま、アンタのその豪快な性格だ。放っておいても勝手にしゃべってくれるとは思うがね。ちょいと推理をひけらかしてみた」
「……スゲェな、先生。あたりだよ」
テンセイは素直に驚いている。
「フフ、そうか。ならここからが本題だ。アンタの村を襲ったのはどこかの軍隊。そして当然それは我が軍のものじゃあない。……王都から遠い田舎とはいえ、このウシャス国の領土に攻め入る度胸のある軍隊は一つしかない」
「西大陸の大国・ゼブだな。確かにそこの軍服だった」
西大国ゼブ。東のウシャスとほぼ同程度の国力を持つとされる軍事国家だ。大陸の半分が砂漠という厳しい環境の中で育まれた気骨したたかな王族が国を治めており、『力』による支配を主としている。
「やはりな。アンタの村はゼブの軍に襲われた。そして生き残ったアンタが今このウシャス軍にいる。では、何の為にアンタはここに来た? ……ゼブに『復讐』するため、と考えるのが妥当じゃあないかね」
生温い風が、少しだけ冷たくなった。