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第137話・新しい命

 外の世界。テンセイがずっと憧れていた理想郷。そこからやってきた青年ベールは、テンセイにとって何よりも特別な存在であった。


「自動車……? なんだそりゃ」


「最近出回り始めた新しい輸送手段さ。今までは運搬や移動は馬車が主流だったけど、これからは馬の代わりに機械で走る車が使われるようになるんだって。まだ一部の金持ちしか所有してないけどね。これから何年かの間で爆発的に広まっていくだろうってウワサだよ」


「機械、ねぇ。その構造は何がどうなってんだ?」


「石炭を燃やして動力を得るらしいんだけど……。詳しいことはよくわかんないや。僕は最新技術よりも古代の歴史に夢中だったから」


「ふぅん。じゃあ、その一部の金持ちなら知ってるのか?」


「どうかな。彼ら全員が本当に理解しているかは知らない。ちゃんとわかってるのは開発した技術者だけだろうね」


「変な話だな。自分がこれから使おうって物について詳しく知らねぇなんてよ」


 時代とともに機械構造は複雑化していき、それ故素人には理解しきれない。ということもテンセイは知らなかった。文化の違い。認識の違い。閉じた島のテンセイは新しい刺激でいっぱいだった。


 そして、ヒサメにとってもベールは特別な存在であった。無論、テンセイと同じように好奇心をそそられているのではあるが、それだけではなかった。


「ベールって、なんかさ、目がキレイだよね」


 最初は小さな灯だった。


 思えば、サイシャの島に住む男はみな幼い頃から狩猟や農業をやっており、体格のガッシリとした者が多い。また、人口が少数に限られているため見知らぬ他人に会うこともなく、生まれた時から全員が家族のようなものであり、無礼講でくだけた態度である。ベールはそのどちらにとっても対極。肌が白い上に身も細く、物腰もおだやか。ヒサメにとっては初めて出会うタイプの男性である。共に過ごす日々が流れるにつれ、好奇心ならぬ好人心……つまりは恋慕の情を抱くことになったのだ。


「いいの? テンセイ。さすがに毎晩外で寝るのはキツくない?」


 ベールを塔に住まわせてから三日目の夜、ヒサメは木の上に上ろうとするテンセイに向って言った。ちなみにベールは塔の中で食後の片付けをしている。


「今日はあたしが外で寝るから、テンセイが中で寝なよ。木の上で寝るのはあたしも小さい頃やった事あるから大丈夫」


「男二人が屋根の下にいて、女を追いだすわけにはいかねぇだろ」


「ベールもさ、自分が外で寝てもいいって言ってたわよ。交代で寝ることにしたら?」


「心配ねぇよ」


 テンセイは意地を張るかのように拒み続ける。と、その時、ポツリと雨粒が降ってきた。


「雨……。この雨は一晩続くわね。それでもそこで寝るつもり? 塔の中で三人で寝ればいいじゃない。ベッドはないけど床で……」


「雨の対策ぐらいしてある」


 ヒサメは、テンセイがこの程度のことで参る男でないことを知っている。しかし、だからといって毎日続けられては気が引ける。特にベールは、自分がやってきたせいでテンセイが追い出されたという形になっているためバツが悪い。


「ね、とりあえず塔に戻ってさ、ベールとも話し合おうよ。なんだったらベッドを新しく作ってもいいし……」


「ヒサメ」


 テンセイが咳ばらいをし、真顔でヒサメと向き合った。


「なに……?」


「あのな」


 少しの間をおいて、今度はニヤリと口の端を吊り上げた。


「二人の邪魔しちゃ悪いだろ」


「ちょっ……!」


「じゃあな、おやすみ!」


 ヒサメが顔を赤くするのも見らず、テンセイはさっさと背を向けて木を登っていってしまった。


 テンセイはヒサメの恋心に気づいていたのだ。乙女心に機敏なわけではないが、野生のカンのようなもので察知していたらしい。そしてそれを応援している。


「……もう。勝手なんだから」


 ヒサメは火照る顔に無理やり怒ったような表情を浮かべ、木の上を睨みつけた。そして、雨が強くなる前に塔へと戻って行った。


 こうして、三人の特殊な生活が始まった。昼間は三人とも一緒に塔の中で過ごし、ベールはウシャスの話を紹介し、テンセイとヒサメが熱心にそれを聞く。週に一度村人が物資を届けにくるが、その時はテンセイとヒサメが塔の外で対応する。村人は掟によって塔の中に入れないため、ベールは外に出ない限り見つからない。そして、夜になるとテンセイだけが外に出ていく。


 テンセイは自ら掟と暗黙の了解を破ったのだ。塔の内部には防人以外入れてはいけないという掟と、防人同士が結婚するという了解を。ただし、了解の方については、少なくとも表面上は保たれている。何も知らない村人たちの間では、「テンセイとヒサメが結婚した」ということになっているからだ。


「ヤバいよね、誰かにバレたら」


「バレなきゃいいんだよ」


 そんな会話を口癖のように何度も繰り返し、やがて一年が過ぎた。


「ねぇ、テンセイ。話があるんだ」


 朝方、テンセイが樹上の寝床から塔に戻ってきた時のことである。ベールが一人でベッドに腰掛けていた。ヒサメはどうしたと聞くと、塔の裏にある手洗いに行っているとのことだった。


「どうしたよベール。いきなり改まって。話なんていつもしてるだろ?」


「その、今日は……とても大事な話なんだ」


 ベールは顔を視線を床に落してしゃべっている。だが声は暗くない。


「ヒサメのこと、なんだけどさ……」


「なんだ、ケンカでもしたのか?」


「いや……その」


 何やらベールははにかんでいる。その表情は嬉しさに笑っているような、困っているような、何とも表現しづらいものだった。よく見るとうっすら赤くなっている。


 その時、入口のドアが開いた。


「あ、テンセイ。おはよう」


 ヒサメが入ってきてあいさつをする。顔が少しやつれているようだ。が、不思議なことに……体つきが、一年前と比べて若干丸くなっている。テンセイは毎日顔を合わせていたため、今までこの微小な変化に気付かなかった。


「ベールから聞いた? あのね、あたし……」


 ヒサメは自分の腹に手を当て、笑顔で言った。


「子どもがいるの。ここに、ベールとあたしの子どもが」

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