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第134話・狩人と姫君

 月日は流れ、テンセイは二十四歳になっていた。身の丈は仲間より一回りほど大きく、力も強くなっていた。狩りの腕前は村の中で一、二番を争うほどに成長していた。もっとも、この時点ではまだ常識の範疇内であったのだが。二十四の誕生日を迎えた二月後、テンセイは長老から重大な任を授かった。


「塔を……至天の塔を、守れ……。いたずらに神の寝床を荒す者がおらぬか、塔の入り口で見張っておれ……」


 長老は床の伏したままそう命じた。


「……長老も、やっぱし年は取るんだな。オレがガキの頃からジジィだったから、もうこれ以上年を取ることはないと思ってたのによ」


 長老の家から去る際、テンセイはポツリとつぶやいた。


「死ぬんだな……誰も彼も、いずれは」


「似合わないわよテンセイ。名誉ある防人の位を与えられたんだから、もっと明るく振る舞いなさい」


 物陰から声がした。その方を見なくても相手はわかる。テンセイは構わず歩き出したが、相手は勝手に後ろをついてきた。


「あたしもさっき長老から任命されたの。あたしとテンセイの二人で、新しいフェニックスの防人を務めなさいって。よろしくね」


「まったく、勝手だよなぁ。オレは狩人の長を目指してたのに」


「決まったことに文句言わないの。今から引っ越しするんでしょ? あたしのも手伝ってよ」


 そう言ってヒサメはテンセイの腕を捕まえた。


 フェニックスが住まうとされている至天の塔は一階部分が居住区になっており、そこに二人の防人が寝泊まりしつつ塔を見守ることになっている。このルールがいつ作られたのかは長老ですら知らないらしいが、防人に選ばれるのは一組の若い男女だという事になっている。そして……これは厳密には掟ではなくあくまでも暗黙の了解なのだが、防人となった男女は必ず結婚しなければならないという事にもなっていた。


「防人になるのを嫌がるなんてテンセイぐらいよ。他のみんなは防人になれなくて悔しがってるのに」


「”防人は最もフェニックスに近い場所で生活する。だからフェニックスの恩恵を強く受けることが出来る”ってヤツだろ? オレはそれほど信じてねぇけどな」


「今の長老、昔は防人だったって言うじゃない。そして長老は村で一番の長生きだわ」


「フェニックスの側にいたおかげってか……」


 皆が防人になりたがっていたということは、テンセイもよく知っている。特に若い男はほとんどが防人を目指していた。というのも、女の防人にヒサメが選ばれるということが以前から予想されていたからだ。


 ヒサメは美しい。肩まで伸びた黒髪や凛とした顔つき、それに目上の者に対する丁寧な態度は大人びているが、それでいて性格は表裏がなくストレートで、冗談も好み笑顔をたやすことがない。裁縫も上手ければ楽器の扱いにも長け、おまけに詩歌にも通じているのだからまさしく才色兼備と言えよう。この村では年に一度だけ祭りの宴が催されるのだが、昨年の宴でヒサメの披露した舞は、若者だけでなく老人衆や幼子達の心をも強くひきつけた。酒の巡りもあったのだろうが、誰もがヒサメのしなやかな動作に酔いしれた。


「とにかくよろしくね。今日から一緒に住むんだから」


「……ああ」


 テンセイ自身も、ヒサメのことは魅力的に思っていた。村中の男が憧れる女性と一つ屋根の下に住まうことに優越感もあった。


 だが、テンセイの心は別のところに奪われていた。


 至天の塔は島の中央にあり、その塔の周辺は小高い丘になっている。丘のふもとには集落の民家や畑があり、そのさらに周囲は森になっている。森を抜けた先は断崖絶壁、そして海が見える。この海は一年を通して風雨が乱れているが、ごくまれに、雨が止んで雲に隙間が生じることがある。その時、崖の上に立ってよく目を凝らすと、遠い海の向こうに島影が見えるのだ。すなわち、外の世界が――。


「外の世界に行こう、なんて考えちゃダメよ。そうやって何人もの仲間が海に消えていったんだもの」


 防人としての勤めが始まって二日目の朝。塔の入り口に座ってぼうっと空を眺めていたテンセイに、ヒサメがクギを刺した。


「なんだよ、何も言ってねぇだろ」


「顔に出てるわよ。こんな退屈な仕事なんかより、外の世界に挑んでみたいって。テンセイは昔っからそうだもの。ヒマさえあれば海の方に行こうとして……」


「……結局海を見たことは一度しかねぇよ。いっつも森を抜ける前に捕まってたからな。でもよ……」


 その一度の時、テンセイは見たのだ。奇跡的に晴れていた空と、遠くの世界を。そしてテンセイは外の世界に心を奪われた。だが、あまりにその願いが強すぎるため、まわりの大人たちに警戒されて常に監視されていた。崖に囲まれたこの島は、そもそも海面に船を下ろすことすら困難。当然船の操縦など練習のしようもないし、ましてやいつ途切れるともわからない時化の中へ漕ぎだすなど、命を捨てるも同然である。貴重な若者を無駄死にさせるわけにはいかぬというわけで、外を目指す若者は行動を制限されるのであった。もっとも、一番危険とされるテンセイの監視に注意が傾いた分、他の若者が好奇心に駆られて海に挑み、人知れず姿を消して二度と戻らなかったという「事故」は数回あったのだが。


「なぁ、おかしいと思わねぇか? この島には誰も来れねぇんだろ? だったら、この塔を荒す奴なんて誰もいねぇはずだろ。この防人に何の意味があるってんだ?」


「あたしだって知らないわよ。でも、大昔からそうやってたんだし、きっと何か意味があるのよ」


 この頃のテンセイは、自分が防人に選ばれた理由をすでに悟っていた。見張り役という任でこの塔に縛り付けておけば、やがて外界への想いも薄れるだろう。そんな老人衆の目論見があったに違いない。


 悟ってしまったから、余計に面白くない。


(あ〜あ、つまんねぇ……)


 と、なおも空を眺めていたが……。


 ふと、何かの刺激が脳に突き刺さった。第六感のようなものが唐突に襲ってきた。


「あっテンセイ! どこ行くの!?」


 後ろからヒサメの声が聞こえた。そう気付いた時には、すでにテンセイは走り出していた。

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