第133話・伝説の霊鳥
テンセイは、全てを話さざるを得なくなった。自分の知る巨大な闇の物語に他の人間を巻き込まぬよう、ひた隠しにしてきた真実をさらけ出さねばならなくなった。もう、自分の力ではどうしようもなくなった。
「隊長。何度もお使いさせて悪いけどよ、コサメを船室に連れていってくれねぇか? そろそろ休ませた方がいいだろう。オレは話があるからここに残る」
そう言って、テンセイは抱いていたコサメを床に下ろした。コサメは何も言わず、テンセイの言葉を信じてラクラの元へ歩いて行った。
「……ええ。お任せください」
幹部ラクラはテンセイの心境を悟り、部下の願いを快く受け入れた。
「行きましょう、コサメさん。テンセイさんはもう少しお仕事がありますから」
「うん」
女性二人が手をつないで操舵室を出る。扉が閉められると、後は男五人(気絶したルバを含む)だけの空間となった。この間、クドゥルが罵声を引っ込めていたのは奇跡に近い現象だろうが、テンセイの真剣な表情がその一因であることは確かなようだ。
「……この物語は、いったいいつから始まったのか、正確なことはオレにもわからない。ただ、オレが知っている範囲の中で、一番古い事実から話す」
テンセイは床に腰を下ろし、ポツリポツリと話し始めた。
伝説や神話というものは、後世に語り継ぐ人間がいて初めてその存在が成り立つ。時には村の大人が子どもたちに言い聞かせ、時には書物に記し、時には壁や石版に刻み、様々な手段で子孫たちに存在が伝わっていく。その過程の中で、一つの物語が複数のストーリーに枝分かれしたり、逆に複数の物語が一つのものとしてまとめられることもある。この物語も、それらの例に洩れなかった。
不滅の霊鳥・フェニックス。フェニックスはこの大地が創られたのと同じ頃に生まれ、星の化身、あるいは太陽の化身として世界を見守る役目を担っていた。その姿はキジに似ているが、身の丈は人間よりも一回り大きく、金色の体毛を身にまとい、紅く燃ゆる翼を持つと言われている。鳥のような外見でありながら人語を解することができ、それだけでなくこの世界に存在するあらゆる生物と意思の疎通を可能としている。
「そして、何より……フェニックスは、常に一体しか存在せぬのじゃ。この意味がわかるかね?」
とある老人が、村中の子どもたちを集めてそう語った。たき火に照らされる老人の顔は一面にシワがあり、その年齢は百を超えているように見える。
「ワシら人間は、大人になれば結婚して子を成す。人間という生き物は、そうやって数を増やしていくのじゃ。鳥や、獣もそう……。木々や花は、地面に種子を落として、その種が新しい命になる。生き物というものは、みんな自分の種族の数を増やそうとするものじゃ」
フェニックスは自らの種を増やそうとしない。必要がないからだ。外敵に襲われやすく、故に幼少期に死亡する確率の高い生物ほど、多くの子どもを産むことで種を保とうとする。逆に幼少期の死亡率が低い生物は少子であることが多い。フェニックスはその最たる例。
「無限の、不死の寿命を持つが故に、新たな子を残す必要がないのじゃ。その代り、数千年に一度、自らの肉体を炎で焼き、古い肉体を捨てて新たな肉体を得るのじゃ」
「自分で自分を焼くの? 熱くない?」
たき火の番をしていた一人の少年が手をあげて質問する。老人は含み笑いとともに答えた。
「ホ、ホ……。フェニックスは、太陽の化身……。熱さも、痛みも感じはせん。己を焼くことぐらい容易いことじゃ」
「ふうん?」
少年はまだ納得しかねているようだが、老人は構わず続ける。
「あらゆる生物の頂点に立つ偉大なる存在。全ての生命を司り一切の生殺与奪の権利を持つ神。それがフェニックスじゃ。そして……」
老人は傍らの盃を取って口に運び、中の酒を一口だけ含む。その動作に合わせてゆっくりと顔をあげ、夜空に視線を移す。星も月も輝かない雲の夜景に、地上から天へと伸びる高い影が見える。
「ワシら、サイシャの民は、フェニックスを見守る役目を授かったのじゃ。あの至天の塔の最上階におられるフェニックスを、ワシら一族は守らねばならんのじゃ」
サイシャの島の長老は、枯れ枝のような腕を大きく広げて天を仰ぐようにみなに言い聞かせる。と、今度は編み物の練習をしながら話を聞いていた少女が手をあげた。
「ねぇ、長老。フェニックスは何があっても死なないんでしょう? 偉いんでしょう? それなのにどうして私たちが見守らなければいけないの?」
その少女は、先ほど質問をした少年と同じ十二歳である。しかし、その顔つきや佇まいは周りの子どもたちと比べて一段と大人びて見える。
長老は答えた。
「フェニックスは……あの塔におられる。それは確かじゃ。そしてワシらは、あの塔のあるこの島に住んでおる。みなも知っているように、この島は嵐に囲まれておる。この島から外の世界へ出ていくことは叶わぬし、また外界からこの島へ訪れる者もいない。こんな島に、ワシらとフェニックスがおるのじゃ。つまりワシら一族は、フェニックスから側に置くにふさわしいとして選ばれた、優れた民なのじゃ」
「へぇ?」
またしても少年が不信の声をあげた。さすがに長老は顔をしかめたが、声を荒げたりはせず、あくまでも静かな口調を保ち続けた。
「お主らはまだ幼いから、すぐには理解できぬじゃろう。大人になれば理解できる。命を操るという力がどれほど偉大なものなのか。そしてそのフェニックスに選ばれた我らがいかに優れた民なのか、ということがな……」
長老は、手を振って少年と少女を近くに招いた。そして二人の肩に手を置き、交互に顔を見比べながら、あくまでも穏やかに語りかける。
「テンセイ。ヒサメ。お主ら二人も、いずれは必ず大人になり年を取る。ワシの言葉が正しいか否か、その時になって考えてみよ」
「……はい」
「はい」
少年・テンセイと少女・ヒサメは、素直に頷いた。