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第129話・王者に迫る影

 どんなに強大な嵐でも、かならず無風な空間が存在する。一年を通して暴風の吹き荒れるサイシャの海域にも、”目”は存在していた。その場所こそ、ウシャス、ゼブ、そして『フラッド』の目指す到達地点。かつて探検隊が上陸を試みて全滅した断崖の島である。


 この島は、遠くから眺めると海上に建つ要塞のような印象を放っている。外円を断崖絶壁に囲まれていることもさながら、島の中央にそびえる奇妙な塔によるものだ。この塔は、それに近い形状のものを一つ挙げるならば、灯台と答えるのがふさわしいだろう。余計な装飾を持たず、大地に垂直に立つ柱。ただし、この塔は頂上が雲に隠れるほど高く、例えそこで光を灯しても海上からそれを確認することは不可能だろう。


 塔の根元付近は平地になっており、そこに小さな集落が存在している。――人の絶えて久しい廃墟のことを、そう呼んでもいいのなら。だが、その廃墟に今は人の姿があった。木と煉瓦を用いてつくられた民家の廃屋に、七人の人影が存在していた。その中で最も強力な存在感を放つ人物は、窓から空を見上げて小さくつぶやいた。


「……奇妙だな」


 低いながらもよく通る声だった。そばにいた男が、発言者に合わせて灰色の空に視線をやった、


「ええ。不思議な感覚ですね。海を渡る途中はあれほどの暴風雨だったというのに、この島の上空だけは雨が降っていないのですから。それも、どうせなら晴れてくれればよいのですが、今にも一雨来そうな空模様ですからね」


「うむ……。確かにそれもある。だがそれとは別に奇妙なものを感じる。もしかしたら余だけかもしれぬがな」


「? 王、よろしければ我々にもお聞かせくださいませ」


 王――サダムは、視線を空から部下たちへと移した。


「何やら喜ばしくない事態が起こっているような……そんな胸騒ぎがする」


 荒れ果てた部屋の中でほとんど唯一原型を留めていたベッドに腰掛け、サダムは緩やかに言い放った。


 それを傍らで聞いていた、ゼブ国の宰相・グックは静かに笑った。


「王、そのようなお言葉は王らしくありませぬぞ。もしや、海の見回りに出たナキルの身に何かあったとでも……?」


「かもしれぬ」


 サダムはこんな時に言い淀んだりしない。思ったことをストレートに言い放つ。


「まさか、あのナキルが水上でくたばるわけがないでしょう」


 王の言葉を否定したのは、ナキルと同じゼブ将軍の一人・ヒアクであった。ヒアクは床に直接座り込んで銃の手入れをしている。その隣にはアドニスが、静かな面持ちで同じように座っている。


「そう信じたいのだがな。だが、この予感はいったい何だ?」


『クケ、クケ、王様王様、大したもんだね、だね!』


 戸口の方から不愉快な声をあげたのは、もはや言うまでもない、Dr・サナギとサナミである。


「クケケ。直感は、は、バカにできないよ」


「ククケ。本当に、に、やられたりしてね」


「おい、口に気ぃつけろ」


 ヒアクが笑う二人を制した。ヒアクの格好は相変わらず宮仕えらしからぬものだが、同胞であるナキルを侮辱するような言葉は許さないらしい。眉間にシワをよせて明らかに不機嫌な様子だ。


『おお、おお、怖い怖い。頼むから、ら、かよわい科学者に物騒な、な、ものを突きつけ、つけ、んでくれ』


「よせヒアク」


 今度はサダムがヒアクを言葉で制した。


「我々が短時間でこの島へたどり着けたのも、その二人の協力があってのことだ。今ここで余計に争うな」


 そう言われてしまっては、ヒアクは引き下がるしかない。”二人の協力”とサダムは言ったが、実際にゼブの王とその側近たちがこの島へ来れたのは、サナギとサナミの飼っている悪魔――ベールの力によるものである。ベールの翼は島を取り巻く暴風雨をものともせず、幾度かの往復を経て彼らをゼブ本土からこの島へ運搬したのである。


「……胸騒ぎと言えば、気にかかることがありますな」


 故意に空気を変えようと、グックが話題を持ちかけた。


「やはり、ウシャスと半ば戦争状態にある中、王と将軍が全員一斉に城から出るというのは……その、何といいますか」


「心配はいらん。どうせウシャスにゼブ本土を攻める度胸はない」


 それに、とサダムは付け加えた。


「例え一度城が落ちようと、そんなものは後でどうにでもなる。ここで、この場所で勝利すれば、全てが報われるのだ」


「はぁ……」


 グックはまだ納得しきれない、という表情だが、それ以上は何も言わなかった。


 と、その時であった。家の外から、何者かの声が聞こえてきた。のどの奥から必死にしぼりだしたような、醜く慌てた声であった。


「どうした」


 ヒアクが窓から顔を出す。一人のゼブ兵士が息絶え絶えに走ってくるのが見えた。兵士はなおも何かを叫んびながら走ってくる。


「緊……急、事態です……! この、島に……侵入者が!」


 確かにそう聞こえた。一同が互いに顔を見合わせる。


「詳しく話せ」


 ようやく窓際へたどり着いた兵士が、数回深呼吸を繰り返した後に話し始める。その言葉は緊張と疲労のために酷く途切れ途切れであったが、その内容を簡潔にまとめるとこうだった。


「小隊が島の周囲を探索していると、いつの間にか崖下に一艘のモーター・ボートが乗り捨ててあった。双眼鏡で確認したところすでに乗員の姿はなかったが、どうやらほんの数刻前に訪れたものらしい。とりあえず報告に行こう、と誰かが言いだしたその瞬間、近くの木陰から突然黒い影が現れて兵士を殺害した。抵抗する間もなく次々と仲間の兵がやられ、自分は命からがらここまで逃げてきた」


 ……ということであった。


「フン。子ネズミが紛れ込んだか」


 サダムが吐き捨てるように言い、立ち上がった。


 うぐっという呻き声。ヒアクが、兵士ののどに短刀を突き刺していた。兵士の眼球がくるりと一回転し、そのままゆっくりと後方に倒れる。


「わざわざ案内してやったのか。この場所まで、あいつらを」


「王、すぐにここを移動しましょう。……どのみち臭いで気づかれるかもしれませんが」


 ヒアクとアドニスが交互に話す。サダムが頷く。


「そうするか。『フラッド』と遊ぶのは、ウシャスを倒した後でよい」


 遊ぶ。そう言いきったサダムの顔には、嬉々とした色さえあった。

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