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第127話・波、寄せる

 氷の牢獄。テンセイならば、力づくでこじ開けることができただろう。ラクラならば、光弾で氷の一部を溶かし、穴を広げて素早く外へ逃れられただろう。ノームにはどちらもなかった。膝をついたまま固定された体勢では、壁を壊す力など出せない。持っているのはナイフのみ。


 氷のあちこちに生じたヒビ割れが、必死にもがいたらしい抵抗の跡として残っている。だがそれ以上新たなヒビは生まれない。氷の内にいるそれは、おそらくあと数分もすれば人間でなくなるだろう。元・人間……物言わぬ死体となる。苦悶に満ちた表情。不気味な紫色に変色した皮膚。今はまだ凍結が表面だけに留まっているが、じきに臓腑や脳も停止する。逆に言うなら、完全に凍結していない今の段階で脱出が出来れば生存は可能。


(私が……氷を砕かなくては!)


 刻一刻と仲間の命が消えていく中、ラクラは懸命にあがく。鎖をかわし、隠された刃に身を斬られ、それでもあがいている。


 ラクラがノームを救う方法は二つ。一つは、早急にナキルを倒し、能力を解除させること。――それが出来るのならとっくにやっている。もう一つは、銃の光弾で氷を砕くことである。最も、それはナキルを仕留める以上に高度な技術を要求される。的が動かないという点は非常にありがたいのだが、弾丸を命中させられる箇所があまりに狭すぎるのだ。ラクラの光弾は貫通力に優れるため、下手をすれば氷だけでなくノームの肉体をも傷つけてしまう。氷の端を削るだけでは意味がなく、中心を狙うにはリスクが大きすぎる。そして残された弾丸は四発。


「まず一人。これで片がついた」


 ナキルがチラリとノームの方に視線をやり、かすかな笑みとともにつぶやいた。無論、それはほんの一瞬のことで、攻撃の手は休めない。


「後は君と……テンセイだけだな、厄介なのは。操舵室へ逃げ込んだ幹部はルバが始末しているはずだ」


「! クドゥル……」


 そうだ。敵がもう一人か二人はいるかもしれない、ということを忘れていた。クドゥルは並の軍人と比べるとまだまだ引けを取らないが、もしも相手がナキルに近い実力者であったなら……。いや、もしクドゥルが勝利したとしても、体力を消耗して後に『紋』を使う上陸が困難になってしまったら。


 守るべき対象が増えた。が、ラクラはやるべきことを一つに絞った。いくつものことを同時にやる余裕などない。目の前の(ナキル)を倒すことだけに専念した。


「うッ……!」


 踏み込んだ足裏が痛々しい熱を感じた。見ると、靴の甲から赤い隆起が突き出していた。それが足裏から表側にまで貫通した氷のスパイクだと気付いたのは、押し寄せた波に足を取られた後であった。激しい揺れには常に警戒をしていたが、足へのダメージを受けた瞬間にはやられた。スパイクがボキリと根元から折れ、バランスを崩したラクラが床に転がる。


(しまった!)


 この隙に鎖が飛んでくる! 


 と、ラクラは確信して身を硬くした。だが、鎖の襲ってくる気配がない。それは時間にしてみれば一秒の何分の一にも満たないわずかな間であったが、攻撃の嵐が急激に止まった。


 ラクラが顔をあげてナキルを見ると、ナキルの視線は自分の方に向いていなかった。この隙に素早く反撃をすればよかったのだが、ついつられてナキルの視線を追った。そこにあるのは、氷の中のノーム。


 ついさっき視線をやったばかりのものを、なぜナキルは再び見ているのか? しかも、攻撃の手を止めてまで。ラクラは、ノームの姿に違和感を覚えた。先ほど見たときと何かが違う? いや、何も変わっていない。異変は、すでに起こっていたのだ。チラリと見ただけではそれに気づかなかったが、今改めて見ることでようやく理解できた。


 ノームの右肩から先がない。そして、足元にいたはずのムジナの姿も。


「ぐお……おォ!」


 ナキルが絞り出すような悲鳴をあげた。目をカッと見開き、天を仰ぐように背中をのけぞらせている。その背後に何がいるのか、ラクラには容易に想像がついた。


「おの……れ! 小賢しい……」


 雷光よりも鋭い光が、船上を照らした。光はナキルの胸部に突き刺さり、肩甲骨の間からスーツを破って突き抜けた。それに合わせて温かな鮮血が、背中の穴からは勢いよく噴き出し、胸の穴からはゆるやかに流れ出た。


「小賢しい? コソコソやるのが得意なてめぇに言われたかねぇな」


 背後で吐き捨てられた言葉がナキルの耳に届くよりも早く、次の光が届いていた。一発は鎖を握る右手に。一発は先ほどの胸部の穴のすぐ真横、心臓の付近に命中し、その肉体を貫いた。そして、やや遅れて放たれた光弾が、雨に乱れた前髪を焦がして眉間に突き刺さった。


「うぐっ……あ……」


「おっと、倒れるのはいいが、オレを押しつぶすなよ。それと、個人的な仕返しとして一発殴っておくぜ」


 後方へゆっくりと傾き始めたナキルの肩に、ひとつの影が飛び乗った。影は肩からさらに上へジャンプし、灰褐色の背から生え出た拳を固く握りしめた。


「オラァッ!」


 渾身のストレート。ナキルの、ヒゲの生えた頬が弾けた。


「けっ、これがオッサンのパンチだったら、てめぇなんざ軽くブッ飛んで海のど真ん中行きだぜ」


 軽口を叩きつつ、クルリと空中一回転を決めてムジナは着地を決めた。


「このあたりの水は全部てめぇの味方になってた。……と思ってたけどよ、ちょっとだけオレ達の味方をやってくれる水があったな。波だ。知ってっか? 海水の塩分は氷を溶かすんだよ。強い波が来て、塩水を思っきし被った時に壁を蹴とばしたんだ」


 壁を蹴ると言っても、固定された体勢では不可能なはずだった。それを可能とさせたのも波だった。ノーム自身が動けずとも、波の揺れで船が動く。揺れの動きに合わせ、体中の力をふりしぼって壁を蹴とばしたのだ。波が氷にかかり、その直後に反対側がら寄せた波で船が傾く。その条件に見合ったタイミングを予測し、実行した。いや、正確には勘によるものだろうが。


「さ、隊長。とりあえず残った氷を砕いてくれや。ガッチリ捕まってるせいか全身を転送できねーんだ」

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