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第125話・冷たき天の表情

 雪崩、崖崩れならぬ氷崩れ。たかが氷とは言っても、高さと重さが加われば立派な武器となりうる。表面を流れる雨滴が半ば垂れたまま凍りつき、鋭いスパイクを形成している部分もあった。


「おおおおッ!」


 ノームは船の縁ギリギリまで下がり、氷の落下範囲から免れた。しかしまだムジナが残っていた。未だ破壊されずに残されていた氷の柵によってムジナの逃走ルートが制限され、しかも氷に触れればすぐに触れた部位が凍結してしまう。逃げ脚の速さを誇るムジナでも、この厄介な檻から逃れるには困難をきわめた。


 鋭い氷の砕片が、ムジナの頭上に迫る。すぐさま背中の腕がナイフを振るってそれらを弾き飛ばしたが、所詮それは砕けた欠片であり前座に過ぎず、巨大な氷の塊が大物登場と言わんばかりの圧力でのし掛かってきた。両腕を出してガードを構えるものの、この圧力では腕の骨すら砕かれかねない。


 ラクラはトリガーを引いた。両手に構えた二丁の光銃を同時に撃った。二筋の光は闇の風雨を裂いて突き進み、ムジナの頭上に迫る氷へ命中した。氷の落下速度を遥かに上回る光の衝突が、氷を砕くと同時に溶かす。さらに、続けて連射された六発の弾丸が次々と氷を削る。


「無事ですかっ!?」


 ラクラがノームに声をかける。それに反応するかのように、ムジナがノームの膝元へ飛び込んできた。一瞬遅れて、氷の瓦礫が甲板を打った。


「ギリセーフってとこだな……」


 うめくようにノームは応え、ナキルを睨みつけた。


 すでにナキルは動いていた。例によって、鎖の軌道を見えない闇に描いていた。攻撃の矛先は。


「くっ……!」


 ラクラだった。恐れていた通り、銃を連射した後のわずかな硬直を狙われた。


 ガスリ。蛇のようにうねる鎖が、ラクラの腕をかすめた。スーツとシャツの袖が裂け、その内の白い肌をも割って砕いた。冷たい傷口。見ているだけで寒気のする鎖がつくった傷は凄まじい冷気に襲われた。だがそれもほんの一瞬。肉体の内側から、ラクラ自身の熱と血が傷口に集まって流れ出る。じんとした痛みを伴って。


 ラクラの血肉をまとった鎖は宙に持ち上がり、ナキルの元へ戻っていく。


「まだまだ」


 戻りきらないうちに、再び鎖が牙をむいた。腕に一撃を決めて今が攻め時と判断したのか、ナキルは連続して鎖の鞭を振るった。


 ラクラが跳ぶ。雨に濡れてなお美しさを保つ金髪を揺るがせ、甲板上を華麗に、それでいて力強く跳ねる。鎖が何度も何度もラクラを襲い、隙あらばその白い肌に食いつこうと迫ってくる。


(反撃……できない!)


 ナキルはいつの間にかラクラとの距離を詰めており、長い鎖を巧みに操っている。攻めては退き、また攻める。船を四方八方に揺らす荒波のごとく、怒涛に寄せては引く。あまりの早さに反撃の暇がない。


 だが、反撃が出来ない理由はそれだけではない。今のムジナを助けるための銃撃で、無駄撃ちが許されない状況に拍車がかかってしまったのだ。ラクラの銃は光を吸収して発射する。戸口からわずかに届く光だけでは弾丸の補給に及ばない。ただし、だからと言ってすぐに能力が使えなくなるわけではない。ラクラの銃には、ある程度の光を貯めこむ機能がついている。ある程度なら暗闇の中でも弾丸を放つことが出来る。その「ある程度」が問題なのだ。


(現在の光量では、残りの弾数は両銃合わせて十発。もう少し扉に近付いて強い光を浴びなければ弾丸を補給できない……!)


 時折雷が姿を見せるが、その閃きがあまりに短すぎるため大した補給にならない。しかも、次にいつ雷光が来るかわからないのだからあまり頼りにするわけにもいかない。


(残された十発を確実に撃ち込むしかない……っ! あるいは、扉に近付くことが出来れば)


 だがその可能性は潰えた。ナキルはごくさり気なく船室の扉に近付いており、右手で鎖を操る傍ら、空いた左手で扉を閉めたのだ。光が鉄の扉にさえぎられ、甲板に届く光はさらに消えうせた。十発という弾数は、平生ならば大した問題にならない。目の前にいる一人の敵を相手にするには十分な数だが、揺れる海上となると全く事情が違う。そして狙いをつける時間的余裕はない。


 そうなると、攻撃できるのはノームだけだ。ナキルがラクラへ攻撃している間にノームが攻めればいい。当然ノームはわかっているし、出来るならそうしたい。


「ああ、クソ! いい加減にしやがれ!」


 腹の底からぶちまけた苛立ちの声は、ややくぐもってあたりに響いた。ナキルやラクラの元に届くのは声ばかりで、ノームは、氷の落下から逃げ込んだ位置にいまだ留まっていた。氷の落下そのものはラクラの手助けによって回避出来たものの、ナキルの『紋』はさらにその上をいっていた。氷の破片やしぶきが飛び散るのに紛れ、新たな氷を形成していたのだ。


 今度は檻ではなく、壁だった。氷の壁がノームを覆っていた。流動する液体を凍らせるにはかなりの極低温が必要なのだが、ナキルの『紋』はそれが可能らしい。能力は単純(シンプル)なものほど強い。その法則の例にもれず、流れる雨や弾ける波しぶきを瞬く間に凍りつかせていた。しかも壁はしだいに分厚くなっていく。


「てめぇ、オレを蚊帳の外に追いやるつもりかよ!」


 半透明の氷ごしに見える視界は歪んで見えるが、ノームにはナキルが密かに笑ったように感じられた。


 屈んだままナイフを逆手に握り、氷に打ち付ける。が、いくら削っても壁を貫きそうにはない。削れた穴はすぐにまた凍結してふさがってしまう。


「ああっ!?」


 ナイフが凍結に巻き込まれた。刃が壁の一部に刺さったまま凍りついてしまい、いくら力を込めて引っ張っても抜けない。


「クソッタレ!」


 壁に囲まれた狭い空間の中で強引に体勢を変え、ナイフに蹴りを放った。鈍い音がして刃の周辺の氷が削れ、その隙に素早くナイフを抜きとる。だからと言って状況は少しも好転していない。


(二対一ならこっちが有利なはずが……全然違うじゃあねぇか、オイ。この雨は敵にばっかし都合が良すぎる!)


 雨さえなければ。凍らせる水さえなければ。いくらそう祈っても、天は表情を変えない。

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