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第122話・凍鎖のナキル

 本来なら最も頼りになる戦力・テンセイが、揺れる船上という舞台によって戦闘困難な状態となっている。ラクラは冷静に命令を下した。


「テンセイさんはこの船室に残っていてください。ここで、コサメさんを守る役割を与えます」


「おお、そーいやコサメを守るのもやんなきゃいけないな」


 ノームも横から口を挿んだ。


「いやなに、ちょい戸惑ったが、戦ってりゃすぐに慣れるさ。出入り口はその扉だけだし、そこさえ通過させなきゃコサメは安全だ」


 テンセイはあくまでも戦う意思を示している。無論のことだが、足手まといだと見なされたくない、などという見栄を張っているわけではない。その程度の恥などテンセイは受け入れる。動機はもっと純粋だ。純粋に……ただ戦いたいのだ。レンとの戦い(正確には訓練)で掴みかけた何かを、本物の戦闘によって今度こそ手にしたいという思いがあったのだ。環境が自分にとって都合悪く不利な状況ならば、かえってそれが成長を促す要因になるかもしれない。


 テンセイは戦いたい。これから先待ち受けるであろう困難に打ち勝つために、成長せねばならないという思いがあった。


「頼む、隊長」


 そう言ってテンセイは頭を下げた。表情は真剣そのものだった。あと一息でラクラの決断を変更させかねない、重厚な懇願だった。


「らしくねぇな、オッサン」


 意外にも、空気を変えたのはノームだった。


「何があったか知らねぇけどサ、オッサン、ちょっと焦ってねぇか? 口調は(かり)ぃけど、態度に余裕がねぇぜ。いつものオッサンならここで反論なんてするか?」


「ノーム……?」


「オッサンはここで待ってな。敵はオレ達が片付けてやるからよ」


 口調は軽いが、表情は固い。ノーム自身もそうなっていた。ラクラは、半ば戸惑ったようにノームとテンセイの顔を見比べている。


 やがてテンセイが口を開いた。


「……わかったよ。大活躍に期待してるぜ、ノーム」


「おうよ!」


 テンセイは静かに、ノームはニヤリと笑った。そしてノームは扉を開けて廊下へ出て行った。


「やれやれ、アイツに説教くらうとは……。今のオレはそんなに頼りねぇかな?」


「えっ……いいえ、そんなことは」


 ラクラはまだ何が何やらわからないという表情だ。


「まっ、今回は大人しくしてるか。……ん? 隊長は行かなくていいのか?」


 そう言われてラクラはハッとし、慌てて扉へ向かった。その後姿を見送りながら、テンセイは……いつもの、いとも楽しげな笑みを浮かべた。


「”男を立てる”ってヤツさ。コレが」


「なにが?」


 毛布に丸まったコサメに声をかけられ、テンセイは「なんでもない」とでも言う風に手を振ってその場に座り込んだ。


 部屋を飛び出したノームは、狭い廊下を駆けつつ肩の『紋』に念じてムジナを出現させた。小柄で素早いムジナを利用した戦闘は、足場が悪く、またある程度閉鎖された空間でこそ本領を発揮する。テンセイとは真逆のタイプだ。


 船内の廊下は、先ほどまでいた船室の他に複数の倉庫への扉がある。その扉の一つが、内側から開いた。


「お出ましかい……」


 扉の隙間から、冷たい空気が這い出てくる。あたりの湿度が高いため、冷気にさらされた空気中の水分が白い霧になり、ゆるりと床をなでている。霧が足元に絡みつくのを蹴り払いながら、熱い空気は上方に、冷たい空気は下方に流れるという科学の話をノームは思い出した。


 が、当然出てくるのは冷気だけではない。隙間からかすかに顔をのぞかせる、用心深い男の視線がノームを貫いていた。


「そっちから出てきてくれたか。わざわざ探す手間が省けて助かった。ここにある扉を一つ一つ調べる手間がな」


 隙間を広げて男が全身を現した。全身からポタポタと水滴を垂らす、三十路過ぎの男。こんな状況でなければ、そんな格好じゃ風邪引くぞ、とでも言ってやりたい光景だが、当の本人はずぶ濡れになっていることを少しも気にしていないようだ。その手が無造作に握っているのは、これまた雨に濡れた黒い鎖。室内灯の光を冷やかに反射する鎖は、素手で触れただけで指の皮が張り付いてしまいそうだ。


「将軍ナキル……だったよな? そーいやゼブの城で見たことあるっぽい顔だな。あん時はもっとキッチリ髪整えてなかったっけ?」


「そういう君はノームという名だったな。フン、あの時はただの小僧だと思って気にも留めていなかったが、まさか我がゼブ国から逃れるとはな。少しは骨があるようだ」


 ノームの後方からラクラが近づいてくる。ラクラはすでに光の銃を握っていた。


「後ろにいるのはウシャス三幹部の一人、ラクラ・トゥエムか。……いや、今は『二』幹部かな」


 皮肉を帯びた言葉にラクラは眉をひそめた。そして極力感情を込めずに言い返す。


「そちらこそ。今は『四』将軍でしょう」


「確かに」


 ナキルは素直に退いた。しかし、すぐに次の言葉を紡ぎ始めた。


「ラクラ・トゥエム。能力は光の弾丸を発射する銃。光の弾丸は通常の銃弾と比べて飛行速度が速く、貫通力に秀でる。銃は同時に二丁まで出現させることが可能。撃鉄を起こさずに連射も可能。ただし、周囲にある程度の光量がなければ弾丸を補填できず、無用の長物と化す……か」


 暗記した文章を記憶から引き出しつつ話すような、抑揚のない口調。外見と相まってますます冷たい印象を放つ。


「そしてノームの能力は瞬間移動。その小汚い獣に自分の肉体を転移させる、ただそれだけの能力。逃走や物陰からの奇襲なら少しは役に立ちそうだが……正面切っての決闘ではどうかな?」


 今度は少しため息を交えながらのセリフだった。ノームの逆上を煽る目的が見え見えである。


「けっ、ダラダラと御託を並べて、いったい何が言いてぇんだ」


「君たちの手のうちは把握しているということだ。『紋付き』同士の戦闘の場合、己の能力を知られているということは致命傷に等しい」


 ナキルは語る。そして、この語りこそが、すでに戦術の一部だった。

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