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第121話・思わぬ障害

 ナキルの体が宙に舞う。その隙に、クドゥルは方向を変えて元の操舵室へ降りる扉へ向かった。幸いにもそちらの扉は凍っていなかった。素早くノブを回し、体当たりをするように内部へ転がり込む。そして内側からカギをかけた。


「ちっ、厄介な……。無駄な体力を使わせおって」


 どんな状況でもいちいち文句を言わなければ気が済まない性質(タチ)らしい。荒い足音を立てて揺れる通路を進み、操舵室へ戻った。


「あれ、クドゥル様? いかがなされました」


 スィハが間の抜けた声をかけてくる。クドゥルは操舵室の壁にかかっている受話器を手に取った。


「敵が襲ってきた。今この船の甲板にいる」


「ええ!?」


 この受話器は、船内のみで使用できる内線電話だ。当然、クドゥルが電話をかけた先はテンセイ達のいる船室である。


 一方、宙へ飛ばされたナキルはというと、クドゥルが操舵室に駆け込んだ時点で浮遊水から脱出し甲板に降り立っていた。足元に絡みついていた液体が凍りついている。


「物体を浮かび上がらせる水か。どうやら氷にしてしまえば効力を失うようだな」


 鎖を振って氷を砕く。相変わらず船は激しく揺れているが、ナキルは巧みに重心を移動させて直立姿勢を保っている。船での戦闘に慣れているようだ。


「やれやれ。相手が私の接近に気付かなければ、声をかけて正面から決闘を挑んでやるつもりだったのだがな。これでは私の方から奇襲をかけて失敗したかのように見えてしまう」


 事実だった。背後から奇襲をかけるつもりなら、鎖の長さを利用してもう少し離れた位置から攻撃すればいい。クドゥルの刀が届く位置までわざわざ接近したのは、一声かけてから始末するためであった。


「正々堂々決闘を申し込む、と言うのもなかなか面倒なものだな。アクタインは一々こんなことをしていたのか?」


「敵の反応が鈍すぎたのですよ。ナキル様が接近されるよりも早く敵がこちらに気づいていれば奇襲にならなかったのです」


 ナキルの背後にもう一人のゼブ軍人がいた。ナキルの腹心であり、名をルバという。


「ルバ、お前は操舵室に行って逃げたクドゥルと他のウシャス人を始末しろ。ただし舵や機器類にはあまり損傷を与えるな。この船を丸ごと乗っ取ることが出来れば帰りが楽になる」


「了解です……と言いたいところですが、あちらの扉は中からカギをかけられてしまいましたよ?」


 このルバ、敬語を使っているが言葉遣いに少々トゲがある。雨よけのフードを深くかぶっているため顔はよく見えない。


「窓があるだろう。そこをブチ抜いて入れ」


「……なるほど。単純ながら効果的ですな」


 命令を出し終えたナキルが、船室へ降りる扉のノブに手をかける。扉を固定していた氷はすでに解除されていた。




「将軍ナキル……。そうですか。やはり、すでにゼブの刺客が……」


『私は操舵室を守る。敵の排除はそちらに任せるぞ。一応敵を空中に飛ばしておいたが、将軍と呼ばれる程の実力者なら脱出しているだろう』


 船室では、ラクラがクドゥルからの緊急連絡を受けていた。


「相手は一人ですか?」


『ふむ……背後からの奇襲だったので完全には把握できなかったが、少なくとも大勢の部下を引き連れているような気配はなかった。無論、単独で我々全員を相手にするつもりだとは考えにくい。一人か二人ぐらいは他に仲間がいるかもしれん』


「わかりました。大至急侵入者を排除します」


『うむ、任せた。ただし相手は暗闇に乗じて奇襲をかける輩だ。気をつけろ』


「……心に留めておきます」


 ラクラは受話器を置き、振り返った。すでに戦闘体勢に入っている二人――テンセイとノームが、振り返ったラクラを見て力強くうなずいた。命令を聞くまでもなく、自分のやることがわかっているようだ。コサメはまだ簡易ベッドの上にいたが、揺れが激しくなったせいか、目を覚まして小さくうずくまっていた。


「相手はゼブ五将軍の一人。心して相手してください」


「おう!」


「テンセイ、がんばってね」


「任せろ!」


 テンセイが気合の声をあげ、外に出て敵を迎え撃つべく扉へ向かった。ノームとラクラも後に続こうとした、その時だった。横からの大波にあおられ、船が一際大きく揺れたのだ。テーブルの上に置かれていた食器類がガチャガチャと騒音を立てて落下する。コサメは慌てて簡易ベッドの支柱にしがみついた。このベッドは壁に固定されていたので移動はせず、コサメは無事だった。船に慣れていたノームや、海戦の経験もあるラクラは素早く重心を移動させてバランスを保った。


 ただ一人、意気込んで駆け出したテンセイだけは被害を受けた。テンセイは怪力だけでなく、運動神経や反射神経の鋭さも人並み外れているのだが、何しろ船には不慣れだ。険しい山道を歩くことで鍛えた強靭な足腰も、足場がぐらぐらと揺れる船上においては童児も同然だった。


「のわ!?」


 走るためにあげていた足の着地地点がずれ、バランスを崩した。体勢を立て直そうと粘るも、波に押されて傾いた船が水平を保とうと元に戻ったため、その衝撃で重心移動が乱れた。……結果、テンセイは派手に転び、頭から壁にぶつかった。ガツンという嫌な音が船室に響く。


「おいオッサン! うっかり船を壊したりするなよなァー。壁に穴が開いたりしたら大変だぜ」


「壁よりも先にテンセイさんの心配をしなさい!」


 珍しくラクラが一喝し、テンセイに駆け寄る。テンセイは頭をさすりながら、壁に手をついてヨロヨロと立ち上がった。と、そこでまた波がが押し寄せ、船が傾いた。


「うおっと」


 急いでその場にしゃがみ込み、重心を低くすることで転がりを防いだ。これはなんと成功したが、船が傾くたびにこれをやっていては戦力にならない。


「ちっ、足場が安定しねぇってのは思った以上に面倒だな。ま、戦ってりゃじき慣れるだろうけど……」


 と言うものの、激しい揺れに耐性を得るには時間がかかる。ラクラは判断を下した。

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