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第119話・濃密な時間

 ヤコウが『そいつ』と出会ったのは、テンセイ、ノーム、コサメの三人がゼブへ連行され、その見届け役として同行したときだった。『そいつ』と初めて顔を合わせた時、ヤコウは、まだ何の思いも抱かなかった。ただ、いずれ倒すべき敵国の人間だということを改めて意識しただけであった。


 テンセイとノームが”処刑”され、バランによってコサメが連れ出された後、ヤコウは一人地下牢に残った。その夜こそが、ヤコウの人生を変えた魔性の月夜であった。ふと気がついたとき、『そいつ』は牢の中にいた。


『何者だ? いつからそこにいる?』


 とヤコウが聞くより先に、『そいつ』はヤコウに近付いて口と右手首を押さえていた。互いの鼻息がかかるほどに顔を近づけ、ボソボソと呪いの言葉をつぶやき始めた。


『ウシャス軍幹部……平民の家系でありながら実力で幹部にのし上がった豪傑。その若さで大したものだな。いや、それとも若造が簡単にのし上がれるほどウシャスのレベルは低いのか?』


『ぐ……っ』


 ヤコウは動けなかった。左手は押さえられていないため、動かせるはずだが、もし指一本でも動かそうものなら相手に何をされるかわからない。相手は幹部ヤコウをあっさりと出し抜いた実力者だ。


『ふむ……。しかし、その目はただ者の目ではないな。それなりに死線をくぐってきた実績もありそうだ。前言は撤回しよう。ウシャス軍もなかなか見る目があるようだな』


 こんな状況で評価されても、何の気休めにもならない。


『抵抗しないのも良い判断だ。今すぐ殺されたりはしないとわかっているな? フフ。殺すつもりならとっくにやってるはずだからな。何の抵抗も反抗もしないほうが無駄なケガをしないですむし、こちらとしても早く用件を済ませられてありがたい』


 明かりがないため、『そいつ』の顔は見えない。だが声を聞いて『そいつ』が何者なのかはじきにわかった。口を押さえていた手が離れた。


『手っ取り早く用件を言おう。いいな? テンセイ、ノーム、コサメ、この三名を始末しろ。以上だ。おっと、コサメは殺すな。彼女に死なれては困る。テンセイとノームの二名を確実に抹殺し、コサメを我々に引き渡せ』


 あまりに唐突な勧誘だった。


『……何のことだ? その二人なら今日の昼に処刑されたはずだが』


『嘘はよくない。二人が生きていることは知っている。コサメがサナミに連れて行かれたことも知っている』


『! コサメが……』


『彼らはDr・サナギとサナミの研究所に向かっている。そこでサナギ達が始末をつけてくれればいいが、もし万が一取り逃がした場合、君に協力していただきたい』


 作戦があっさり見抜かれていたことは悔しいが、ヤコウはこの時点では屈服していなかった。自分の命と、謎を秘めた少女、どちらがウシャスの未来にとって重要なのか。――ヤコウは、任務のためなら自分の命を捨てられる人間だった。


『断る』


 相手の神経を逆なでることは承知の上で、ハッキリと断言した。だが『そいつ』は意外な言葉を投げかけてきた。


『いい時計だな』


 『そいつ』が言っているのは、ヤコウが腕にはめている時計のことだった。ヤコウが幹部に昇進した日、ラクラが記念にと称して贈ってくれた時計だった。


『時計は、幹部の使う高級なものであろうと、平民の使う安物だろうと、刻む時間は同じだ。そこに持ち主の才能や努力は反映されない。時計は高級でも、お前に流れる時間は平凡だ』


 『そいつ』の指が、ヤコウの時計に触れる。そしてあっという間にそれを奪い取っていた。腕にしっかりとはめていたはずなのに、知恵の輪のようにスルリと時計は外れて『そいつ』の手中にあった。


『平凡な時間など捨てたまえ。お前には濃密な時間がふさわしい。与えてやろう』


『……?』


『”揺らいだな”。それでいい』


 それだけ言って、『そいつ』は時計を持ったまま出て行った。ヤコウの呼吸は激しく乱れていた。何をされた? ただ、手と口を押さえられて時計を奪われただけだ。なのに……なぜ呼吸が乱れる?


 『そいつ』が再び牢に現れたのは翌日の昼。この二回目の会談で、ヤコウは完全に屈服した。魔のささやきにとらわれてしまった。



「ゼブ王サダム……」


 船室の窓に、ポツリ、ポツリと雨粒がぶつかる。ぶつかった衝撃で雨はさらに細かい粒になって流れ、ガラス一面にひっかき傷に似た装飾を施している。朝日に輝いていた窓からの景色は、徐々に灰色に染まっていった。


「オレがこの名前を知ったのはつい最近だし、会ったのも一度だけだ。その一度のとき、オレは感じた。サダムは……なんっつうかな、人を引き寄せて仲間にする才能があるみたいだ」


 船室内で昼食を済ませたテンセイは、口の周りを乱暴に拭った。


「カリスマってヤツか?」


 窓の外を見ていたノームが背を向けたまま問う。コサメは簡易ベッドで昼寝の最中だ。今の程度の揺れなら、ちょうど寝心地がいいのだろう。


「ゼブってのは、力ずくで他国を制圧して領土を広めた国なんだろ? 反乱や裏切りが出てもおかしくない」


「実際、起こってるみたいだぜ? ほとんどは軍隊に鎮圧されてるけどよ。そこんとこはウシャスと一緒だ」


「ああ。だがな、王の周り……たとえば、政府の人間だとか将軍の誰かとか……そういった権力の強い奴が反乱を起こした、なんてことはないらしい。隊長から聞いたんだけどよ、ゼブの動向は常にウシャスの密偵が監視してるが、ゼブ国を揺るがすようなデカい反乱が起きたことは一度もねぇんだとよ」


 密偵とやらがちゃんと調べなかったんじゃねぇの? とノームは言おうとしたがやめた。


「単純に、ゼブは強くて簡単に歯向かえないってこともあるだろう。だが、それ以上にサダムの人格が反乱をなくしているのかもしれない」


「人格ゥ?」


「サダムは強い。個人の戦士としてもかなりの実力を持っている」


「あの体格だしなぁ」


「その強さと、多少のことでは物怖じしない豪快さ。それが巨大な魅力となって周囲の人間を引き寄せている。だからゼブは王に近い身分ほど結束が強いんじゃねぇか……とオレは思ってる」


「そーいや、あの小僧もそんな事言ってたな……」


 ノームは窓から離れた。雨のぶつかる音がさっきより大きくなっている。


「でもよ、オッサンも似たようなもんだと思うぜ? このオレがこんなとこまでついてきちゃってるぐらいだからな」

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