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第116話・アン・ビリーバブル

 荘厳な鐘の音が鼓膜を震わせると同時に、二人は詰め寄った。訓練という題目をとった決闘が始まった。自分自身の訓練、あるいは部下の教育ならば、レンは全力を出すことが出来る。しかしそれは同時に、教育を受ける立場であるテンセイに急激な成長を促した。皮肉なことだが、レンは本当に人を育てる才能を有していた。


 今、二人の気力は肉体から溢れんばかりに充実していた。持てる技、力、全てを限界まで引き出せる感覚があった。


「おおおおおおッ!」


 テンセイが吼えた。この戦いが終わったとき、自分はこれまでの何倍以上もの存在に進化できるような予感が胸の奥に芽生えていた。無論、生きていればの話だが。守るため以外に戦う目的ができた。


 しかし、鐘の響音が消えるよりも早く決闘は終了してしまった。テンセイも、レンも、何が起こったのか理解できなかった。


 何が起きたのか、テンセイは懸命に事態を把握しようとする。自身の血で真紅に染まった拳を固め、レンへ踊りかかった。レンは拳銃を握ったまま、こちらの動きを読んでギリギリで見切ろうとしていた。そのとき、視界の端から光が飛び込んできた。テンセイの視界はさっきまで血に黒く覆われていたが、今度は白い光に包まれた。光が、テンセイの目の前に閃いた。

 雷光のように現れた光が去った後にテンセイが見たものは、眉間を打ち抜かれたレンの姿であった。


「ウゥ……っ! がっ……」


 レンの瞳が、テンセイの背中越しに何かを見ている。赤々と燃えていた炎は消失し、深い洞窟のように空虚な瞳だった。


 ――驚くよりも早く怒りがこみ上げてきた。戦士への道を歩み始めたはずが、一瞬にして獣へと戻った。テンセイは振り返り、感情のままに叫んだ。


「なぜ撃った!」


 会議室の机の向こうに、ラクラが立っていた。右腕を使ってコサメを胸に抱き、左手に光銃を握っていた。いつの間に目を覚ましたのか、半ばボンヤリとした目でテンセイとレンを見ていた。テンセイはこめかみに血管を浮き上がらせ、拳を岩のように固めたまま、灼熱に燃える怒りの視線を叩きつける。


「なんで邪魔をしやがった! オレ達の戦いをブチ壊しやがった!?」


 背後で、レンが倒れた。





 砕ける。裂ける。壊される。破壊のエネルギーが周囲を激しく飛び交っている。危険な空気が、かつての戦場を思い起こさせる。ラクラの気力は急激に闇の深淵から現実へと這い登っていった。


 目を開けても、まだ思考は朧に包まれていた。立て続けに行われた背徳者達の騒動により、冷静さを取り戻す余裕が失われていた。あたりの大気中に充満する闘志のにおいを嗅ぎ取るや否や、立ち上がって『紋』から銃を取り出した。


 戦わねば――。その意志だけが強く響き、GOサインを出していた。無意識のうちにレンの頭部へ狙いをつける。もし、このまま数秒間何も起こらなければ、ラクラは冷静さを取り戻すことができただろう。だが無情にも、鐘が鳴った。からくり仕掛けの人形と化していた指が引き金にかかった。そして――。


「なぜ撃った!」


 テンセイの怒声が、ラクラの意識を呼び戻した。


「なんで邪魔をしやがった! オレ達の戦いをブチ壊しやがった!?」


 自分が何をしたのか、理解するのに時間がかかった。だが何故テンセイが怒りを露わにしているのかまではまだ理解できていなかった。


「余計なことすんじゃねぇぞ、隊長!」


「余計、な、こと……? 私は、ただ……敵を撃った、だけです……」


 消え入りそうな声でつぶやいた。蚊の鳴くような、本当に小さな声だったが、それを聞いたテンセイが怒りの気をまとったまま会議室へ飛び込んできた。ずかずかと足音を響かせてラクラに詰め寄ってくる。


 凄まじい恐怖がラクラを襲った。目の前にいるのは、いつもの気のいい大男ではない。昂ぶりの矛を無礼者に向ける武の鬼神そのものに思えた。逃げようと思ってもそれを許さぬ眼光に睨まれて動けない。鬼が、右手を伸ばして強引にラクラからコサメを奪い取った。


「撃っただけだァ? それが……余計なことなンだッ!」


 テンセイの空いている左手が、ラクラの腕を掴んだ。


「あっ……あァ……!」


 掴んだと同時に締め付ける。ゴツゴツとした岩のように硬い指がラクラの腕を圧迫する。このままでは腕が骨ごと押しつぶされてしまうのではないかとラクラが思った、その時であった。


「ん〜……」


 何がきっかけとなったのか、もう一人の眠っていた人物が目を覚ました。それに気づいたため、テンセイはラクラの腕を解放した。怒りの熱が、水をかけられたように失せていた。


「テンセイ? どしたの」


 腕に抱かれたコサメが目を開け、テンセイの顔を見上げた。途端にその表情がこわばる。


「ケガしてる!」


「ああ……いや、大丈夫だ」


 結果的に、ラクラはコサメに助けられた。もしコサメが声をかけなかったら、少なくとも腕一本は無事ではすまされなかったかもしれない。


 だがラクラは安心できなかった。出来るわけがない。急激な展開の変化に脳がついてこれず、理解しようとあがくほど思考の糸は絡まってしまう。幼馴染であるヤコウの裏切り。先輩であり最も信頼のおける部下であったレンの裏切り。テンセイの怒り。”信じられない”出来事の連続がラクラの脳を疲弊させていた。


「コサメさん……。よかった、あなたが無事で……」


 乱れた心を落ち着ける手段の一つに、他人を気遣うという方法がある。心配の対象を自分から他人へと移し、相手のために頭を使うことで一時的に自分の混乱を抑えられる。そのことをラクラは知っており、実行した。


 だがそれすらも裏目に出た。


「よく見ろ、コサメ。どこもケガなんかしてないぞ」


「あれ? ほんとだ。みまちがい?」


 ラクラは見てしまった。テンセイのアゴ、弾丸が命中して半分吹き飛んだアゴが、元に戻っている。ケガをしていたという痕跡すら感じられなかった。


「そ、それは……?」


 ”信じられない”が、もう一つ増えてしまった。自身の腹部に手を当てる。――レンに刺された傷が消えていた。

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